早月尾根から剱岳、北方稜線へ B級登山者のほろ苦い山行記 第1章      (エントツ山登山記)

今回の剱岳遠征の概要 早月尾根を2度上り、剱岳山頂を3度踏み、道迷いの末にヘリコプターで富山空港へ搬送など奇想天外の
剱岳縦走記


剱岳早月尾根〜剱岳〜北方稜線(池ノ平山・南峰まで) 道迷いで富山県警山岳救助隊にレスキューされ富山空港、その後剱岳に上り返す

プロローグ

北アルプス遠征登山の原点「剱岳」

四国の山を歩いていた私だったがひょんな事から「高御位山さん」の四国遠征を通じて親しくなった。2008年7月高御位山
さんが所属する姫路「いなみ山の会」で行われた「剱岳・立山遠征」にマーシーさんと共に招待され、色々刺激的な指導を受け
ながら剱沢でテント泊をして長次郎谷〜剱岳〜別山尾根、更には立山を歩いた。

これを契機に私は四国以外の北アルプス、中央アルプス、南アルプスを歩くようになりテント泊や縦走登山の経験を積んで行った。
この高御位山さんに連れて行って貰った「剱岳」が私にとって遠征登山の原点と言える存在だ。

残された北アルプスの急登、早月尾根へ

 日本三大急登としてブナ立尾根(裏銀座入り口・七倉ダム〜烏帽子岳)、西黒尾根(土合〜谷川岳)、黒戸尾根(尾白渓谷
〜甲斐駒ヶ岳)が昔から言われている。その他、合戦尾根(中房温泉〜燕岳)、笠新道(新穂高温泉・左俣林道〜抜戸岳)等
も急登として有名だ。私はこんな急登が好きで全てこの足で歩いた。

日本三大急登と言っても標高差が1300〜1400m程だから四国の山でも経験しているので特に縦走装備の重さ以外はどう
って事は無かった。

急登と言えば一番キツかったのは富士山一合目から山頂まで標高差2,323mを一気に登った時だった気がする。次にしんど
かったのは南アルプスの黒戸尾根から甲斐駒ヶ岳(標高差2,200m)だが途中の七丈小屋に泊まったので少しマシだったか
も知れない。


残された北アルプスの急登、剱岳「早月尾根」(標高差2,264m)を懸案の北方稜線絡みで登る計画をここ数年マーシー
さんと相談していたがコロナ禍やスケジュールが合わず延び延びになってしまっていた。別山尾根から剱岳北方稜線の途中まで
は2年前に既に歩いていたのだが、自分の年齢を考えるともう待てない。今年(2021年)一人で歩く事にした。

しかし9月の長雨で待機を余儀なくされ、出発しようとすると信越地方に地震が発生し様子を見ている内にズルズルと9月の末
が近づいて来てしまった。

令和3年(2021年)9月25日(土)いよいよ高松を出発して若狭舞鶴道から北陸自動車道を使って登山口の馬場島に向か
う。明るい内に馬場島に着いて登山口を確認して車中泊とする。

  
 舞鶴若狭自動車道は交通量が少ないので走り易い     北陸自動車道も静かなハイウェイだ

  
馬場島は公共キャンプ場がありあちこち駐車場がある   前日、早月尾根の登山口を確認する

山行形態:車中泊とテント泊による単独縦走


装備:ザック重量 約15kg
テント:モンベルのモノフレームシェルター
(640g)
シュラフ:モンベルのアルパインハガー800No.3(560g)にファイントラックのポリゴンシールド(390g)

ザック:グレゴリー オプテイック58 1,243g
ストック:ブラックダイヤモンド ディスタンス カーボンFLZ(岩場で折れる 修理費7000円 カーボンは弱い・・・)

雨具: モンベル トレントフライヤー 240g、ストームクルーザーパンツ 270g
ダウン:ユニクロダウンパーカー 300g モンベル ダウンパンツ 260g 
ダウンソックス 135g
バーナー: ソトウィンドマスター 100g OD缶 (小)200g チタンコップとシェラカップ 120g
ヘッドランプ:レッドレンザーMH5 90g 、マイルストーン MS−B3 100
g 
モバイルバッテリー:バッファロー 10050mA 210g 、アンカー13000mA 240g
スマホ:ギャラクシーA41 250g カメラ:キャノン PSG7X 330g リコー WG30 210g
着替え:400g 水:400g 食糧:700g その他・・・  


モンベル・モノフレームシェルター (池ノ谷尾根の頭にて) 軽さ重視で640gだ

  
  バーナー: ソト・ウィンドマスターは縦走の友       ザック:グレゴリー オプテイック58 ヘルメット:トランゴ
                                    モンベルのショルダーバッグ(緑)は軽くて色々入る


2021年 9月26日(日)馬場島(ばんばじま)〜早月小屋


カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図  番場島〜早月小屋

剱岳登山口の馬場島(ばんばじま)は北陸道・立山ICを下りて30分程「早月川」に沿って東に遡る。位置的には立山街道の
丁度北側に平行に走る剱岳公園線を山に向かって走る事になる。

剱岳を挟んで早月川の北側支流「白萩川」と南側支流「立山川」が合流する内側に出来た堆積段丘が馬場島になる。馬場は広
場の意味で、島は洲を表すから白萩川と立山川の合流点に出来た広場を「馬場島」(ばんばじま)と呼ばれたらしい。

アルプス越えで有名な戦国武将・富山城主「佐々成政」が内蔵助平(サラ峠)を越えて信州に行った際、ここに馬を置いたとい
う伝説が地名の由来だとする説もあるそうだ。
しかし、佐々成政が浜松の織田信雄と徳川家康に会いに行ったルートは飛騨〜松
本が有力らしいので成政が馬を置いたという地名の由来はどうも怪しい。

 一方「早月尾根」の名前については1923年冠松次郎がこの尾根から初登頂したので当初は冠尾根とか地元で呼ばれていた
らしい。しかし、冠自身が発表した登頂記録の中でこの尾根を「早月尾根」と記されたので(早月川から名を取った)それ以来
この尾根名が正式となったらしい。

 剱岳へのルートは立山の室堂から「別山尾根」を利用するのが圧倒的に人気がある。登山者や観光客で賑やかな室堂から立山
三山や大日三山を眺めた後、別山乗越へ出て眼前に剱岳の勇姿を眺めながら岩の殿堂に取り付く北アルプス随一の魅力的な登山
ルートである。


一方、馬場島から「早月尾根」を利用するルートは途中あまり剱岳の全容は見えず、長くて標高差のある厳しい歩きとなる。た
だ交通規制がある室堂への別山尾根ルートに比べて登山口まで車で直接行けるのが早月尾根の利点でもある。その為、雪山シー
ズンには冬山愛好家に利用されている。


06時30分馬場島荘近くの駐車場を約15kgのザックを背負いキャンプ場を抜けて立山川側から登山口へ向かう。予報では
天気は余良く無いが翌日からは良くなるのでこの日に出発するしか無いと考えた。前方の尾根にはガスがかかっている。馬場島
の標高は約750m、そこから早月小屋手前の丸山の標高が2,224mだから標高差約1,470m程の長い尾根を今日歩く
事になる。

手前左手白萩川へ向かう猫又山、赤谷山への登山口をやり過ごし、舗装道路の左手広場に向かう。登山口には剱岳の厳しさを表
す標識や石碑、遭難碑等が立って剱岳は特別な山だとの想いを感じさせる。そこには有名な「試練と憧れ」の石碑もあった。

登山口の階段を上がると緑に覆われた急な尾根に取り付く。20分程で「立山杉」と呼ばれる巨木が現れ、別山尾根とは又違っ
た深い森の風景だ。


  
 キャンプ場から舗装道路を進むと左手に剱岳登山口がある   左手の広場から登山口へ進む


 こう言った厳めしい石碑を嫌う人もいるらしい  まあそれだけこの山は特別な存在って事だ

  
    こんな陰気な登山口も珍しい            要はここから入山して行った冬の剱岳には多くの犠牲者が居るって事だ  

  
 06時30分いよいよ早月尾根登山口に入る            最初からやけに急な坂道が続く

  
  出た〜  これが立山杉か〜                   07時17分初めて北方稜線の岩峰がを見る

07時17分標高1000m標識に着く。今まで東へ延びた尾根道がここで南東方向に変わり「松尾平」と呼ばれる比較的平坦
な尾根になる。すると左手前方にマッチ箱などと呼ばれる北方稜線の岩峰が見えた。数日前の雨で登山道はぬかるんだ場所もあ
り、天気もあまり良く無いが次々現れる立山杉の巨木を眺めながらゆっくりと歩く。日曜日と言う事もあり割と軽装備の若い登
山者に次々と抜かれる。

  
07時17分標高1、000m標識 馬場島から1km歩いた   お〜〜 あれが「マッチ箱」と呼ばれる小窓尾根の岩峰か〜

  
 松尾平に出ると雨が多かったのでぬかるんでいる         早月尾根の平和な風景


  退屈な松尾平を楽しくさせてくれる立山杉
 

その内雨がパラついて来たので早めに雨具を着る。登山服やズボンを濡らすと着替えが無いので後の山行が厄介なのだ。辺りが
暗くなり雨足も少し多くなったので傘を差して歩く。雨具を着ていてもメガネや背中側からザックが濡れるのが嫌なので折り畳
み傘は必携の登山装備に入る。

08時18分標高1200mの白い標識が足元にある。ここは標高200m毎に標識がある様だ。花の季節は終わっていたがか
ろうじてダイモンジソウが咲いていた。


  
 雨が振り出してレンズが濡れてしまった              う〜〜ん  これも怪物みたいな立山杉だ

  
  立山杉の横を抜けて進んで行く                  08時18分標高1,200m標識を通過

  
       雨で風景が霞む                       立山杉が象の鼻の様に太く曲がった枝を延ばす

  
 ミヤマダイモンジソウが雨に濡れる 花はこの時期貴重だ    まだまだ立山杉が並ぶ

09時05分標高1400mを通過する。元々年齢的に縦走ザックでは歩くスピードは全く出なくなったのだが雨で木の根が滑
るので余計に時間がかかる。まあ今日は早月小屋までなのでゆっくりと行こう。

09時40分標高1600mを過ぎると少し開けた場所に出て前方の尾根筋や左手の池ノ谷山〜大窓〜白ハゲ・赤禿付近が見え
る。振り返ると馬場島付近も霞んでいる。
登山道の回りにある小木が色づいてくると10時32分標高1800m標識に出合う。

前方にピークが見えてそこに向かって急登が続く。この辺りになるとナナカマドが沢山の朱い実を付けている。大き目の岩や根
っこの急傾斜を上り切ると11時10分峠になっている場所に古びた三角点の様な標柱がある。(古い主三角点?)、でも明治
40年柴崎隊によって設置された四等三角点「気和平」(1,920.86m)は登山道からは外れて不明になっているらしい。

岩っぽい急傾斜を登って行くと左手前方に早月小屋手前にある丸山ピークとその左手に小窓尾根の岩峰が見える。右手には奥大
日岳連山手前に位置するクズバ山や西大谷山も見える。
雨は小降りになって来たが、馬場島方面からはガスが急に湧きあがって
来ている。


  
 09時05分標高1,400m標識を通過              狭い登山道は雨水が川の様に流れ歩きにくい

  
 尚も立派な立山杉が並ぶ                       09時40分標高1,600mまでは意外と近かった

  
 奥が北方稜線の赤谷山〜ブナクラ乗越〜猫又山辺りか        毛勝三山の猫又山〜鎌谷山だろう

  
 軽快な若者がロープを背負って私を追い越していった     沢の様になった登山道を石を踏みながら歩く

  
      10時32分標高1,800m標識を通過する        三角点がある高みが前方に立ちはだかる

  
  ナナカマドが沢山実を付けている                 ガマズミも実を付ける

  
  振り返ると日本海側から天候が回復している様だ       西側に見えるのは西大谷山とグズバ山だろう  


 11時10分 三角点と思ったら位置が違っていた 正面がマッチ箱  右手の高みは早月小屋手前にある丸山ピーク


  左手に北方稜線の山々が見える  ここはB級登山者の私には無縁の場所だ


            霧に浮かぶ赤谷山   この辺りになると紅葉が美しくなる

  
       紅葉が美しい                               毛勝(けがち)三山

  
 急に岩だらけの登山道になったぞ                  タテヤマアザミが咲き残っている

  
 雨が小振りになると下から霧が湧き上がって来る    唯一小屋付近以外でテントが張れる平地があった(勿論非常時用)

11時50分標高2000m標識があり、早月小屋まであと1kmと記されていた。20分程荒れ気味の岩っぽい道を進むと霧
の中に池塘が2つ現れた。更に雨によって掘れ込んだ登山道を進むと小屋の人達が整備してくれたアルミ梯子が3か所掛けられ
ており、その付近のダケカンバやナナカマドの黄葉や紅葉が実に美しい。ゴゼンタチバナの朱い実もワイルドな登山道を飾る。

12時50分デカい花崗岩の岩が現われ、そこには鎖が懸けられていた。雨で滑る一枚岩には鎖だけで無く足場も抉られていた。
岩の両側には広葉樹の黄葉や天然針葉樹が並ぶ。
13時00分最後の急傾斜を上がると丸山(2,224m)展望所に着いた。
丸山ピークからは天気が良いと剱岳の天辺近くが見えるのだが、生憎霧がかかって展望は無かった。

  
11時50分キリの良い標高2,000m標識に着く         ワイルドな登山道を上がって行く

  
 12時10分池塘が2つ有った                   まるで整地された様な石畳みもどきの登山道



  
  奥の細道を進む                          ダケカンバの大木とその黄葉が美しい

    
     木の根、丸太、アルミ梯子                 小屋の方達によるアルミ梯子の整備 

  
  ダケカンバも葉っぱが紅葉している               ゴゼンタチバナも可愛らしい

  
 おっ 鎖場が出て来た                      このスラブには鎖と共に岩が抉られて足場が確保されていた

  
 ゴゼンタチバナの葉っぱもこんなに赤くなるんだ          まだまだ出て来る鎖場

  
 丸山への最後の登山道を上がる                   丸山(標高2,224m)に着くとやっと早月小屋が見えた 


                 丸山から眺める長い北方稜線

  
  マッチ箱は見えたが剱岳は見えない                      紅葉が美しい丸山

右下に見える早月小屋へ下りテント泊の予約を済ませる。コロナ下なので事前に電話で小屋にテン場の予約をするとテント泊の
場合は特に予約は必要なかった。(但し小屋泊まりの場合は予約は必至で予約なしに飛び込むと3千円余分に料金がかかると小屋
のHPに記されていた)


早月小屋の前身は立山の芦峅寺(あしくらじ)案内人、佐伯伝吉の孫伝蔵が冠松次郎の早月尾根初登頂以来、多くの登山者がこ
の長い尾根の野営に苦労しているのを見て1971年建てた「伝蔵小屋」である。

その後、経営権は東京の酒井組に渡って「早月小屋」として細々と続いていた。所が佐伯伝蔵の長男、佐伯謙一が富山県警山岳
警備隊を退職したのをきっかけに2006年から小屋の管理人になったらしい。私が小屋でお会いした管理人は若かったので恐
らく息子さんの代になっているのだろう。

日曜日で天気も悪いのでテント泊は私以外には大阪から来た男性1名だけだった。好きな場所を使って下さいと言われて眺めの
良い場所にテントを張る。水は1.5リットル程余っているが、次の北方稜線では水場が保障出来ないので小屋でコーラとお茶
と水を買う。ミネラルウォーター2Lが千円、500mlは500円だから当然水2Lとお茶を買う。

その時に小屋の番頭さんから池ノ平山へ小窓から直接上るのなら草付きが危ないのでロープを持っていた方が良い事と、途中の
危険な雪渓は既に融けている等と親切にアドバイスを頂いた。

日没までにはまだ時間があるが、もうここから北方稜線までテントを張れる場所が無いので進む事も出来ない。小屋近くのリン
ドウを眺めたり、丸山展望所へ行って天気の回復を待ったりするが多少青空が出てもガスが消えないのでテン場に帰って夕食の
準備をする。そう言えば今日は昼食は食べていなかった。

大阪から来た登山者は軽量化の為に山ではガスストーブなどは使わず食料はカロリーメイトだけを大量に持ち込んで行動食も食
事もこれだけで済ますと言う。私も随分質素な山食だが彼には負けた。「飽きるでしょう?」と聞くが「この味が好きなんです」
との事だった。

モンベルの「サーモンチーズリゾッタ」というアルファ米食にお湯を入れて作る。初めて食べてみたがまずまずの味だった。そ
れだけでは寂しいのでコーヒーを淹れてビスケットを少し食べる。寒くなって来たのでテントに入り持ってきた北方稜線の資料を
読む。



  早月尾根登山の拠点になる「早月小屋」   ここで買ったペットボトルの空は潰して小屋で引き取ってくれる


 テン場は使い放題なのでザックの中身を広げてテントを張り荷物を放り込む バックに毛勝三山〜赤谷山、白萩山

  
 お湯を沸かしてモンベルのサーモンチーズリゾッタを作る  大阪の隣人はネットで買ったダンロップのVS10 食料はカロリーメイトだけ


         夕方、丸山に上がって天気の回復を待つが剱岳は見えず、テントに帰る

 

 9月27日(月) 早月小屋〜剱岳〜池ノ谷の頭(ビバーク地)

朝5時に起きると月が出て予報通り天気が良くなっていた。丸山展望所へ上がって周りの朝風景を眺める。富山方面も今朝は朝
もやの中に眺められる。コーヒーを飲んだ後テントの片付けをするが、夜に雨が結構降っていたので濡れたテントやグランドシ
ートを防水袋に入れてザックに詰め込む。一旦防水袋に入れてザックに収めると決して乾く事は無い。ビバーク場所に着いてそ
れらを広げて乾かさなければならない。


  
 05時30分丸山に上がり剱岳を見上げる                  早月小屋と立山方面

  
     朝焼けの富山湾方面                     テン場へ帰る 早月小屋と右手に毛勝三山が見える

06時25分追加の水や濡れもので多少重くなったザックを背負い登山道へと入る。小屋近くはシラビソの生える登山道にアル
ミ梯子で良く整備され、ダケカンバの黄葉が美しい。左手には猫又山らしき山塊が清々しい青空の許くっきりと見える。15分
程進み左手に回り込む傾斜が少し荒れた地形で滑り易い岩斜面には鎖などが置かれていた。

岩が露出した急傾斜を上ると07時03分一旦平らな地形になり見晴が良くなった。北東方向には小窓尾根と北方稜線の向こう
に白馬岳、南側には立山方面が見える。と言っても早月尾根はもう少し標高を上げて樹林帯を抜けなければ十分な展望が得られ
ないので人気は別山尾根より劣る点だ。



      テン場に帰り濡れたテントを片付ける  思い切り振っても水分はそんなに飛ばない

  
 濡れたテントをザックに押し込んで06時25分出発する    大阪の登山者が張ったテントの横を抜けて登山道へ入る

  
  早速アルミ梯子に出合う                      この辺りはシラビソなどの針葉樹が見られた

  
  更にアルミ梯子が二つ並ぶ                   山小屋周辺は穏やかな登山道らしい


       北アルプスで見るダケカンバは幹が白くて美しい

   
 小屋から15分程で岩場が現れる                    やはりここはワイルドな剱岳だ

  
 急登を上がると見晴らしが良くなった                07時を過ぎるとハイマツが現れる

  
 小窓尾根、北方稜線の向こうには白馬岳付近が見える     早月川が日本海へ向かう 富山平野と日本海

07時13分標高2、400m標識が岩壁に取り付けられていて、先の岩屑のトラバース道を回り込む。岩だらけの斜面を上が
り切ると剱岳手前の2,614m峰らしき姿が見えた。太陽が眩しくてその姿を良く見る事が出来ない程だ。このあたりから大
きな樹林帯が消えてハイマツ主体の岩稜帯になる。南側が開けて劔御前の向こうに煙が立ち上る立山室堂付近の地獄谷が見える。

この辺りになると周りの岩が花崗岩の様相をはっきりと現してくる。どんどん尾根筋を進むと左手の小窓尾根の岩山が同じ目線
になってきた。


  
ハイマツの生える斜面をトラバースする           07時13分 標高2,400m標識 早月小屋からまだ800mしか進んでいない

   
 歩きにくい岩斜面をトラバースして進む                トラバース路を回り込むと峠部へ上がって行く

  
 太陽が眩しくて2,614m峰が良く見えない           この辺りの岩は花崗岩のブロックだ


    別山尾根の剱御前とその奥に浄土山、右手に室堂の台地が見える 地獄谷の煙が上がり室堂ターミナルの建物等

07時45分眼前に切り立った岩が現われた。中央部に割れ目がありそれにそって鎖が延びる。この大岩を乗り越すと向こう側
に鉄棒で足場が作られていた。その難所を過ぎても更に急斜面に鎖が延ばされている。

歩いて来た尾根を振り返ると手前のピークで早月小屋が良く見えない。目を凝らして探すとピークの左下にかろうじて赤い屋根
が見えた。その奥には富山平野と日本海が霞んで広がる。私の様な四国に住む者にとって日本海は鳥取大山に行かなければ見る
事が出来ない。

荒れた岩屑の急斜面を上がると08時17分標高2,600mの標識を通過した。標識には早月尾根から1.3km、剱岳山頂
まで1.6kmとある。え〜〜まだ半分も歩いていないのか〜〜。重いザックでの急斜面は年寄りには厳しい試練だ。急ぐ旅で
は無いと自分に言い聞かせてチングルマの綿毛やタテヤマアザミを眺めながらゆっくりと歩く。


ふと尾根を振り返ると先程トラバースして来た2,614mピークが鋭く立ちあがっているのに驚く。コルから矢印が記された
花崗岩の草地を進むと前方のピークを左からトラバースする様だ。



 2,614mピークが一つの山の様に前方に立ちはだかる  その入口に乗り越えるべき大岩が現れる

   
足元にシラタマノキとコケモモ                      岩場を這い上がる手前でしばし休憩

  
 中央部の割れ目を鎖で這い上がる様だ              大岩を乗り越えると鉄柱で足場が作られている


   2,614mピークの岩肌が脆いのが近づくと良く分かる   ハイマツや小木の根が何とか崩壊から守っている様だ

             
 狭い岩傾斜が登山道になっており鎖が延びる            マッチ箱の右端が小窓ノ頭らしい


  歩いて来た早月尾根を振り返る  かろうじて早月小屋の屋根が見えた  その向こうには富山平野と富山湾

   
 脆く崩れやすい岩場を這い上がる                  登山者が多い時は落石の心配がある

  
08時17分 標高2,600m標識 山頂まで1.6kmある     まだまだ次のピークが姿を現す


チングルマの紅葉と綿毛に癒される  一番奥が後立山連峰・白馬付近  手前左が白ハゲ 正面がマッチ箱(右端tが小窓ノ頭)


  北側からトラバースしてきた2,614mピークを振り返る う〜〜ん これって山名があっても良いのでは

  
 ガレ気味の斜面を尾根部へと上って行く             次のピークも左側を巻いて進む様だ

09時00分一旦なだらかな尾根筋に復帰すると北方稜線の池ノ平山は目線より下方に見え、右手には奥大日岳の稜線は同じ様
な高さだ。前方には次の荒々しい岩峰が立ちはだかって容易に剱岳には近づけない。左側から巻気味に鎖が置かれた岩場の急傾
斜を上っていると上からテン場で一緒だった大阪の男性が下りて来た。朝暗い内から早月小屋を出発して今日中に馬場島まで下
ると言う。

09時30分急傾斜を上がり切ると右手の岩の間に別山尾根がカーブして剣御前から別山まで延びているのが見える。地獄谷か
ら立ち上る煙の向こうに見えるのは恐らく薬師岳と黒部五郎岳だろう。

  
 二つ目の大きなピークを巻く              更に三つ目の岩山ピークが待ち構える


    赤ハゲ      マッチ箱(右端ピークが小窓ノ頭)右奥が白馬三山


 左奥に黒部五郎と薬師岳が見える  室堂平の右手には大日三山 (奥大日岳、中大日岳、大日岳)

  
三つ目の岩山ピークが迫る                大きなピークを二つ越して来た


毛勝三山から赤谷山、白萩山、赤ハゲ・白ハゲの長い北方稜線を眺める  小窓尾根はマッチ箱から急に落ちて行く

  
 三つ目の岩ピークへと左手から這い上がる    朝暗い内から出発したと言うテン場で会った大阪の登山者が下りて来た


 09時30分谷間から別山尾根が劔御前から立山三山へとカーブするのが見える 右奥に薬師岳と黒部五郎岳

ハイマツの岩稜帯を一歩づつ上がって行くと09時50分やっと標高2800mの立派な標識に出合い、山頂まで0.7kmと
ある。う〜〜ん、確かに早月尾根はタフで手強い。

今迄歩いて来た尾根道からは手前のピークが邪魔をして剱岳の本峰が見えなかった。それが2800m標識から少し上がると南
側から本峰へと尾根を回り込む。この見晴し尾根に来てやっと左手にはっきりと剱岳を拝む事が出来るのだ。

とは言え正面には獅子頭とかカニノハサミと呼ばれる岩峰が立ちはだかる。初めて見る早月尾根ルートの核心部を噛みしめなが
らゆっくりと岩峰を進む。

10時30分左手が切れ落ちた鎖場が現われた。と言っても北アルプスではもっと厳しい岩場を歩いているので無雪期ならばど
うって事もない。別山尾根の岩場の方がより厳しく登山者が多いので落石の注意が必要だが、早月尾根では週末で無ければ上か
ら登山者による落石は少ないと思われる。

  
 岩稜帯を黙々と這い上がって行く                    ハイマツの間に岩斜面が続く

  
 乗り越えて来たピークも上から見るとそんなに目立たない 赤ハゲ、白ハゲ、マッチ箱も目線より下になった

  
09時50分やっと標高2,800mに到達する      中央奥が剱岳の本峰だろう

  
 室堂も目線より下の景色となる             更に岩尾根が続く


  10時06分 やっと剱岳の本峰を眺める場所まで上がって来たようだ  でも山頂はまだ遠い


 針山の様な小窓尾根の向こうに北方稜線の池ノ平山、更に奥に白馬三山が見える (白ヒゲ、赤ヒゲはハゲの間違い)

  
 剱岳の左に長次郎ノ頭 今日あそこを歩くのだ     岩山を右手からトラバースする

  
  前方の岩峰をまだ越えなければならない        岩場に付けられたマークを頼りに進む


 ここが最大の難所とされている鎖場だが、無雪期なら大丈夫

  
 左手が垂直に切れ落ちている まあ鎖と足場は有る    まだまだ岩尾根が続く 辛抱がいる


10時40分 早月尾根と別山尾根の合流点に近づいた 前劔〜一服劔〜劔御前から別山までの尾根続きが一望出来る

この鎖場を越すと岩だらけのガレ場斜面となり、ペンキのルート印を頼りに岩斜面を這い上がって行く。地図にある獅子頭やカ
ニノハサミを振り返って眺めるがどうもピンと来ない。(カニノハサミの片方が崩落しているらしい)
10時55分から岩場に
鎖が出て来る。それを利用はしないで済む程度の岩場なのだが、丁度ルートの確認になっているので助かる。

北アルプス特有の花崗岩尾根を進むと11時10分岩に赤いペンキで大きく「早月尾根」と矢印が書かれている。確かに下山時、
早月尾根へのルート分岐部が分かりにくい。すると右手に懐かしい別山尾根が見えたのでここが合流場所なのだろう。前方にも
大きな木の角棒が立っており、分岐の目印としている様だ。霧や雨で視界が悪い時、こんな標識が大いに登山者を助けてくれる。

  
振り返ると二ッ岳、鯛ノ頭の様な岩峰を抜けて来た様だ  この先もペンキでルートが示された岩場を上がる


 歩いて来た岩尾根を振り返る 沢山のピークが連なっているので時間がかかる訳だ

  
 更に岩の急斜面に鎖が這って上に延ばされている    この辺りの岩盤は大きくしっかりしている様だ


  別山尾根に合流した様だ  尾根には急に海側から霧が吹きあがって来る


  劔沢上部、山小屋付近を拡大するが雪渓はほぼ消えている様だ

  
11時10分 岩に赤ペンキで「早月尾根」分岐マークに出合う  更に上部の岩山にも下山指標のポールが立つ

  
 やっとポールまで這い上がるがそこに見える山頂は遠い  左手には北方稜線の池ノ谷側が並ぶ

標高が約3000mなので空気が薄くて中々山頂へ上がるのに時間がかかる。11時20分やっと3度目の剱岳山頂の祠に到着
した。

一度目は2008年7月に高御位山隊に連れられて長次郎谷から登って初めて剱岳山頂を踏み別山尾根を下る記録はここ  
二度目は2019年8月北方稜線の偵察を兼ねて別山尾根を上り長次郎谷を下った。   記録はここ    

大阪から初めて来たという若者が居たので写真を撮り合う。彼は水が無いと聞いていたので馬場島から水5Lも担いで来てザッ
クの重さは20kgだと言う。日帰りで馬場島までこれから下ると言うので見送った後、北側の三角点近くで行動食休憩をとる。
霧があっと言う間に湧いてきて北アルプスの急な気候変化を感じる。


 11時20分 三度目の剱岳山頂に到達した   感無量〜〜〜

  
    やっぱシェーをしないとね             写真を撮り合った大阪からの青年
 

剱岳三角点 三等三角点「剱岳」 2,997.1m

剱岳三角点測量での登頂は映画「点の記」で柴崎芳太郎らの参謀本部陸地測量部に所属した柴崎芳太郎が宇治長次郎の案内で明
治40年(1907年)7月に登ったとされている。
(測量登頂は2回に渡って行われ予備調査に測夫生田信、本調査に柴崎と
測夫木山竹吉が登ったらしい)

その時には三角点が埋設されずに木製の測標だけ残され、四等三角点扱いになった。実際に三角点が埋設されたのは2007年
国土地理院が剱岳測量登山100周年記念行事として三角点標石を室堂からヘリコプターで運んで三等三角点「剱岳」となった。
岩だらけの剱岳に基礎石から埋め込む作業は大変で最終的な仕上げはネパール人の石工が行ったと聞いている。
国土地理院では2004年GPS測量で三角点の標高を2,997.1m、祠のある最高地点の標高を2,998.6mとした。


  霧の湧き上がる北方稜線を眺めながら三角点近くで休憩する  キケン通行止めの標識が掛けられている

いよいよ剱岳・北方稜線へ

 剱岳三角点の横には「キケン通行止め」の看板が置かれている。今日の目標は八ツ峰の付け根付近にある「池ノ谷尾根の頭」と
言うピークだ。通常北方稜線ではもう少し下側、池ノ谷ガリーを下った場所にある「三ノ窓」でビバークをするのが普通なのだ
が、2年前にこの付近を訪れた時に眺めの良い池ノ谷尾根の頭ピークに決めていた。(これが後々
反省点になるのだが・・・)

 11時55分草紅葉が散らばる荒涼とした北方稜線へと下る。斜面はザレ場の急傾斜で歩く事は困難だが稜線部はハイマツなど
も生えて比較的安定している。長次郎のコルまでは左手に針山の様な岩峰に沿って踏み跡もあり平和な気持ちで歩く事が出来る。
右手にずっと見える長次郎谷(ちょうじろうたん)は山案内人、宇治長次郎から取られて名で、最初に高御位山さんの案内で下
から詰めてた。当時は何も分からず必死で後をついて行ったので何処から長次郎ノ頭に取り付いたのか記憶に無く、2年前にこ
こを歩いてその厳しさを体感した。コル手前で見る鋭い「長次郎ノ頭」岩峰はとても厳しそうで2度目とは言えさすがに気合が
入る。



 11時55分 いよいよ剱岳北方稜線へ踏み込んで行く  稜線を外すと風化による急なザレ場斜面でとても歩けない


  稜線の右手は長次郎谷が劔沢へ落ちて行く  その向こうには八ッ峰の岩峰が並ぶ

  
 ウラシマツツジが点在する稜線近くに踏み跡がある       振り返ると下って来た剱岳方面は荒々しい岩場だ

  
 左に見える長次郎ノ頭は最初は目立たない            コルへ下るに連れて次第にデカいピークだと分かる


 ビバーク地の池ノ谷尾根の頭は正面中央部辺りで比較的距離は無いが難所続きなので時間がかかる

  
      霧が直ぐに姿を隠す                     霧が飛ぶと長次郎ノ頭が現れた


  お〜〜 これが長次郎ノ頭だ  歩くのはこれで3度目になるがさすがに緊張する


北方稜線最初の難所 「長次郎ノ頭トラバース」

北方稜線この第一関門は長次郎ノ頭をトラバースする箇所だ。ルートは3か所程あるが山岳雑誌「ピークス」で高橋庄太郎さん
と森山憲一さんが「さらば剱岳、オレたちは北へ行く・剱岳北方稜線」の特集記事を参考にしてルート確認し既に2年前歩いて
いる。(森山さんはブログ「森山研究所」でも詳しく当時の山行記録を残してくれている。)

要は長次郎のコルで一旦標高を下げた尾根は、長次郎ノ頭ピーク近くまで高度を上げてそのままの標高差を保ちながら緩やか
に北に続いて行く。その為にあまり長次郎ノ頭の下部を巻きすぎるとその後岩場を這い上がるのが難しくなるのだ。

12時20分一旦ガスで消えていた長次郎の頭がド〜〜ンと眼前に現れ更に緊張が高まる。13時00分コルまで慎重に岩場を
下り事前学習の通り急なザレ場を上方まで這い上がる。左手の池ノ谷側は鋭く切れ落ちて岩盤も脆(もろ)そうだ。
コルから25分程で右手のトラバース岩棚に取り付く。途中で上に向かって垂直に近い岩場を這い上がるロープがあるが、それ
には従わず岩棚に沿って回り込むルートを取る。

するといきなりガスが湧いてきて回りが見えなくなった。少しガスが切れるのを待って岩棚を回り込むと前方が切れ落ちて、そ
の下側にロープが又垂直に設置されている。ここまで来ると他に進む安全策は無い。危なげな岩場を慎重に回り込む。長次郎
谷を右下に見ながら崖を足場や手がかりを選びながら横掛けし前方の尾根に出る。(どうもここは最初のロープを使って上に出
る方が安全だった様だ)

13時40分又ロープがあるので今度をそれを利用して稜線部へ這い上がる。何せザックが重いので慎重にバランスを取りなが
ら進む。
14時00分やっと長次郎の頭を回り込み北側の稜線部へ出てホッとする。この辺りになると踏み跡もほぼ無いのでか
すかに人が歩いた様な痕跡を選んで進む。


  
 13時00分 長次郎のコルに下る                 左手、池ノ谷側は鋭く切れ落ちている


ザレ場を上部まで詰めて右へトラバースするルートが良さそうだ  手前にもルートがあるが回り込んだ後の這い上がりが面倒だ 


  ガレ場の上段まで進んで右手の岩棚へとトラバースする  途中で2つのルートに分かれる

  
 20分程でザレ場の上部まで這い上がる             ロープはほぼ垂直なので上がらず、右手の岩棚へと進む


 結局この岩棚ルートも次のロープ場まで身軽でないと結構危険だ

   
  岩棚水平コースは岩場を回り込んだ場所で難所が待っていた。崖に沿ってロープ場まで回り込みながら下る

  
 前方下のロープ場まで行くきゃないわ          荷物が軽ければどうって事もない岩場なんだけど・・・

   
  ヤバいっすよ〜                           死んでもこの手は離さない!

  
 ようこんなルートに登山者を導くもんだわ             次は垂直のロープ上り これは写真撮影は無理〜〜


  ロープ場から振り返るとどデカい岩山が聳えている

  
 13時52分 長次郎ノ頭をクリアしてホッとする          帰りは絶対この稜線上を上がって行こや〜

  
 色んな形をした岩が稜線に並ぶ                  大きく稜線を外さずに長次郎谷側を歩く

少し進むと稜線部の岩窓に出て初めて左手、池ノ谷側にでて岩峰を回り込む。(2年前にはここは歩かなかった)西側の谷間に
は雲が立ち込めていたが岩峰が沢山あるのが分かる。ここは
いかにも脆そうな岩場だが10分程で稜線部へ復帰する。

  
14時10分稜線の窓部に出た             ここから池ノ谷側へ出て歩く

  
 初めて池ノ谷側をここで眺めるが雲が多い        少し高みに向かって稜線の左手を進む

稜線へ出ると
14時26分左の岩壁に遭難碑が埋め込まれていた。平成3年9月(30年前)にここで亡くなられた山友の為に
設置されているが前回は少しルートが違っていたので気付かなかった。どんな状況で最悪の事態になったのか分からないが山に
は生き残った仲間の義務や追悼、ノスタルジアなど様々な気持ちが込められてモニュメントが設置される。あまり遭難碑は好き
では無いが、その辺りは危険な場所であるとの警鐘にはなっている。

その先に前回見たピッケルが立っているので誰かが遭難された場所だと思っていた。位置的には長次郎谷右俣が八ツ峰に沿って
稜線近くに上がって来る場所で、ここまで来るとビバーク地の池ノ谷尾根の頭は近い。但し、ここから次の尾根筋へ渡るのがち
ょっと危険な難所となっている。

前方のコル部へ下るには手がかり、足がかりの薄い岩斜面を横切るので前回の経験から重いザックを背負ったままでは滑落の危
険が伴う。そこで岩場の上側に出てザックをロープで結んでコルに向かって下ろす作戦を取った。所がザックを下した場所のバ
ランスが悪く、ロープを放した途端ザックが谷間に転がり落ちてしまった。

14時45分空身で岩場をコルに下りてザックを回収に10m程狭い谷間を下る。コルに帰って調べるとショルダーハーネスに
取り付けていたハンディGPSの蓋が外れて電池が飛び出していた。(この時に地図を内蔵していたマイクロSDカードも外れ
て紛失していた)



 一見厳しそうなこの尾根に出るとビバーク地は近い 前方の双耳峰は2年前にビバークした窪地、その向こうに目的地ピークが見える


        尾根に復帰して振り返ると剱岳が聳えていた

  
 平成3年9月にこの辺りで亡くなられたSさんの遭難碑があった  前方にピッケルが埋め込まれている この奥がビバーク地


  八ッ峰と長次郎谷右又をバックに立つケルンのモニュメント  その岩場から岩尾根の括れに向かう

  
崖上からザックとポシェットを吊り下すとコルから転がり落ちてしまった  空身になって岩壁をコルに這い下りる
  

 コルに吊り下した筈のザックとサコッシュが谷部に転げ落ちた これでGPSの地図チップを紛失してしまった様だ


  左手を覗き込むと池ノ谷側が見えて奥に池ノ平山も見える


15時10分2年前にビバークした両側が岩に囲まれた場所を懐かしい想いで通過する。その時は続きのルートが分からず荷物
を置いて先の谷へ下り往生した事を思い出した。ここは左手の岩場に這い上がりハイマツの細尾根を越えて進まなければならな
い。この細尾根も余り左手に寄ると岩場が脆くて滑落の危険がある。ハイマツ帯を進み15時25分「池ノ谷尾根の頭」に到着
した


  
 岩尾根を双耳岩に向かって進む                  岩が二つ両サイドに立つ窪地、2年前にここでビバークした

                 
  剱岳を振り返ると太陽が眩しい                  双耳岩の向こうは八ッ峰に向かって切れ落ちている

  
 双耳岩の左側を這い上がって行くと尾根に繋がる     15時20分細尾根を進むとハイマツが生えた池ノ谷(尾根)ノ頭に着く


池ノ谷(尾根)の頭 (ビバーク地)


15時30分 独り占めの池ノ谷(尾根)の頭に濡れたザックやテント、グランドシートを広げて少しでも乾かす


           池ノ谷(尾根)の頭(ビバーク地)の左端から明日歩く場所を確認する


  明日下る池ノ谷ガリーを見下ろす  左の尾根が池ノ谷尾根といく事になる  右が八ッ峰の頭とその後方が三ノ窓の頭


  池ノ谷乗越を見下ろす  正面は八ッ峰の頭、右に八ッ峰[、Z、Yと続く


雲の間から日差しがある間に濡れたテントやシートを夕方ギリギリまで広げて乾かす。風が強いのでハイマツに括り付けたり石
を置いたりして飛ばないようにして景色を眺めたり写真を撮ったりしてこの最高に贅沢な場所で過ごす。
夕暮れ前にテントを設
営して写真撮影後、質素な夕食を作りテントの中で翌日歩く資料を見たり、サブザックに荷物を詰めたりして過ごす。

  
 風が出て寒くなって来たので生乾きのテントを張る    夕食はチャンポン麺とコーヒーにビスケットだ

  
  雲海が山の西側で踊っている            雲海の上にある雲は強風で飛び広がる


    懐かしい長次郎谷(ちょうじろうたん)を眺める  この時期雪渓はヤセている (左は八ッ峰)


   ここから劔沢のテン場や別山も見える


           後立山連峰 白馬三山をバックに


    F値を絞って光芒写真


  あ〜〜あぁ  沈んじゃったわ  


    ちょっと寂しいんだけど、これが贅沢って言うか・・・テント泊の魅力でもある


剱岳北方稜線縦走山行の合理的なビバーク場所(三ノ窓)を敢えて外して絶景ビューポイントである「池ノ谷(尾根)の頭」と
した。もし十分な水が無く、ここに到着するのが1時間以上早ければ三ノ窓まで下ったかも知れない。その後の結果から振り返
ると池ノ谷の頭でのビバークは失敗だったのだが、ここで見た風景は登山人生で忘れられない心に染みる絶景だった。


  

9月28日(火
池ノ谷の頭(テン場)〜池ノ谷乗越〜池ノ谷ガリー〜三ノ窓〜発射台〜小窓ノ頭トラバース
〜小窓〜池平山(南峰)〜池ノ谷ガリー上部までピストン (その後道迷いテン場に帰れず)

今回の山行では直前にルートを変更した。当初はここから小窓〜小窓雪渓〜池ノ平小屋(テント泊)〜仙人新道〜剱沢雪渓〜剱
沢野営場(テント泊)〜別山尾根〜剱岳〜早月小屋(テント泊)〜馬場島の周回をする計画を立てて準備をしていた。でも直前
になり遠征時期が大幅に遅れ劔沢の雪渓歩きに不安があった点や別山尾根への上り返しがキツい事などでルート計画を迷った。

遠征出発直前に池ノ谷の頭(テン場)から小窓〜池ノ平山(南峰)を軽装備でピストンする事に決めた。早月小屋のベテランさ
んからも重装備で小窓から池ノ谷山へ這い上がるのは難しいと言われたのでこの計画で正解だと思った。秋の百名山遠征も頭に
あったのでこれで日程も剱沢雪渓周回より確実に1日は短縮できる。

万が一時間的に厳しくなった場合は池ノ平小屋に電話予約して小屋泊も想定しファイントラックのポリゴンネストと言う軽いシ
ュラフも持って来た。でも距離的にもそんなに長い時間はかからないだろうとも考えていた。


第一行程池ノ谷尾根の頭〜〜三ノ窓〜小窓  約4時間

池ノ谷乗越 (2,850m)

夜中に少し星空を撮影するが良い写真は取れなかった。06時前にテン場を出発しハイマツを右手に回り込んで「池ノ谷乗越
へと下る。正面は八ツ峰の基部になっており鋭い岩峰が無機質に立ちあがっている。最初はハイマツの間が道の様になっている
が途中からは岩崖となる。岩崖を下り06時35分このコルに下りる。ここは長次郎谷右俣がこの稜線に出合った場所にあたる。
そこから振り返るとテン泊した池ノ谷の頭へと岩壁が垂直の様に立ち上がっていた。
しかしその時は帰りに暗くなってこの崖ルートが分からなくなるとは想定もしていなかったのだった・・・。


   後立山連峰の鹿島槍ヶ岳と爺ヶ岳     朝 荷物をテントに残して出発する

  
     右側のハイマツの間を下る           途中から岩崖になる 当然道などは無い


      池ノ谷乗越へ下りる  丁度左が池ノ谷ガリー、 右が長次郎谷の右俣へと続くコル部だ


 少し左手の岩場から今日歩くルートを眺める 縦に見ると池ノ平山までは近くに見える



  
 池ノ谷乗越に立つ八ッ峰ノ頭           池ノ谷ガリーへ続く谷間


池ノ谷ガリー

いよいよ左手の悪名高き「池ノ谷ガリー」へと進む。池ノ谷ガリーは池ノ谷左俣の源流部にあたる場所で風化した岩石が両側
から落ちて来てガレ場の川となっている。最初は普通の谷筋と変わらず土も見えているが、下るにつれてガレ場になってくる。
10分程で急な傾斜となり右下に発射台と呼ばれる岩棚が「小窓ノ王」の左岩壁に競り上がっているのが見える。
資料を読んでここを右上に這い上がる事を知っていたが、ちょっと見に崖にしか見えない。

  
 池ノ谷ガリーへの入口は普通の谷間だ           池ノ谷乗越から左手の谷筋へ向かう

  
 下って来た池ノ谷尾根側は切り立っている     右側の主稜線側にはチンネとかジャンダルムとか言われる岩峰が並ぶ


   池ノ谷ガリーの上部に出ると今日の目的地が見えて来た

  
 少し下るとガレ場の川が現れた             振り返ると池ノ谷尾根の頭は結構切り立っている

  
 ガリーの上部に大岩がある               小窓ノ王  右にそそりたつのはジャンダルム?チンネ? 

  
ガリーの大岩は左手(池ノ谷尾根側)を抜けてきた    これを這い上がるんかい! (発射台)


   正面に小窓ノ王を巻いて這い上がる発射台が現れた   奥に北方稜線・毛勝三山が見える

  
  池ノ谷ガリーをそこそこ下って来た          右手に「三ノ窓」が見える

三の窓 (標高 2,650m)

更に10分程下り、事前学習の通りガレ場の中央部に残された大岩の左側を下る。確かに足元は急斜面に落石が堆積したさなが
ら石の川ではあるが、他の登山者が居ない限り落石の危険は少ないと感じた。07時25分右手の岩山コル部に向かって傾斜が
緩みハイマツが少し生えてルートの様になっている。この先が「三ノ窓」で北方稜線を歩く登山者のビバーク場所となっている。
東側には後立山連峰の山々が並ぶ。しかし三ノ窓と記された標識は無かった。

三ノ窓の名前は北方稜線の大窓、小窓の次にある窓(つまり三番目のコル)から名付けられたと聞く。北方稜線縦走やチンネ等
の岩登り基地となっている場所だ。
以前タキオンさんがここにビバークして雪渓近くに水場があったと聞いていた。出来ればこ
こで補水をしようと水場確認にガレ場や雪渓を下るがどこにも水は見当たらなかった。



    「三ノ窓」  テン場の跡が数張り分見える  右手の下方に雪渓も残っている さて水はあるか?

  

三ノ窓の向かい(池ノ谷尾根)の風景               三ノ窓の東側の風景  後立山連峰 唐松岳〜五竜岳〜鹿島槍ヶ岳

  
  裏側から八ッ峰が見える                          タテヤマリンドウが咲いている 

  
 幾ら雪渓を下がってもこの時期水は無かった         三ノ窓雪渓が見える場所まで下がったが水場が無いので諦めた


            三ノ窓へ上り返す   左上がジャンダルムとチンネかな?

  
 錆びたシャベルが立っている                     池ノ谷ガリーへと引き返す

発射台

07時55分稜線部に帰って岩稜尾根の左手を伝って「小窓ノ王」直下まで発射台へ取り付く。「発射台」とは良く言った物
でロケットの発射台みたいな激急な傾斜を同じ幅を持った岩棚が延びている。発射台への入り口はザレているが中程まで進むと
遠くから眺めた程には崖でな無くそこそこ歩き易い。

途中から振り返る「池ノ谷ガリー」の姿は圧巻だ。石鎚東稜コースの急傾斜を「笹滝」と名付けたがここは正に「ザレ岩滝」だ。
周りの岩山も剱岳が「針山」と恐れられた様に人を寄せ付けない様に厳しく尖って並ぶのが見える。



 北方稜線へはこの発射台と呼ばれる急な岩棚を上がって行かなければならない

   
池ノ谷ガリーから外れて右手の岩に沿って進む      少し基部はザレているが大した事は無い

  
 岩場からロープが垂れている                     ここも落石が集まるガレ場になっている


  三ノ窓付近を振り返るとこんな景色になっている




     池ノ谷ノガリーを振り返る

     
 ほぼ稜線まで上がってガリーを振り返る              右に小窓ノ王が立っている

発射台を上がった場所で北方稜線に入って初めての登山者に会う。どちらまで?と聞かれたので池ノ谷の頭でビバークして池ノ
平山へ行き引き返すつもりだと堪える。すると「私達も池ノ谷の頭でビバークしたいと考えています」と言う。「それなら近く
に2年前ビバークした岩間のテントが張れる場所がありますので私がそちらに移動します」とついサービス精神を発揮してしま
った。(これが翌日の救助ヘリ出動の複線になろうとは・・・。)しかしこの時間にここで会ってテント泊をすぐ近くの池ノ谷
の頭でするってのは少し変だから話半分だと思った。


  
 ほぼ稜線まで上がった場所で登山者に出合う       テン場を夕方譲る話をしてお別れする 夕方までどうするんだろう?


北方稜線(トラバースルート)を小窓まで歩く

小窓ノ王」と呼ばれる岩峰直下の尾根部に上がると後は「小窓」のコル部まで緩やかに稜線をトラバース気味に下る。最初
は右手に切れ落ちた斜面をトラバースして歩くのだが、ここはハイマツ帯となっておりこの緑が心を穏やかにしてくれる。

最初のハイマツ帯を抜けると、山頂から延びるこのハイマツ帯の下部に沿って草の生えた裸地を歩く事になる。この辺りの稜
線は左手(西側)が垂直に切れ落ちているのだが右手(東側)斜面は比較的なだらかな地形になっている。

右手前方に目的の池ノ平山が見えて更に白ハゲ、赤禿、白萩山、赤谷山と続き、その尾根が正面の毛勝三山へと正味の北方
稜線が続いている。すると踏み跡が二又になっており岩に赤ペンキで右下の小窓雪渓が一部見える下側へと誘う。このルートで
稜線付近へ出るのは一度しかない。


  
 小窓ノ王直下のコル部 ここにビバークした形跡がある     最初は傾斜が急だがハイマツ帯があり安心感を与えてくれる


  ここから見ると一気にこのガレ場を下って小窓まで行けそうだがそうは問屋が卸さない 小窓雪渓の断崖絶壁に至るだろう

  
 一つ目のハイマツ帯に入る                     その後、ハイマツ帯の下側に沿って歩く

  
 北方稜線で初めて見た道しるべマーク 右へ下る         小窓雪渓が見えて来た


    北方稜線・トラバース路  一番奥のピークが小窓ノ頭だろう

小窓コルの向かいに見える池ノ平山・南峰への取付き部は岩場になっており右手に迂回を強いられそうな気がする。今歩いてい
る左手の尾根は前方の「小窓ノ頭」(2,650m)まで続き、登山道は尾根部の厳しい岩稜帯を避けてトラバースする。
そして小窓ノ頭を巻いて右へ急降下し「小窓」コルへ急降下していくのが地形から読み取れる。この辺りの難所として雪渓の谷
渡りが2ヶ所ある。しかし早月小屋のベテランさんから既に雪渓は消えていると聞いているので安心している。でも一応池ノ平
小屋に泊まる事態に備えて小窓雪渓を下るブラックダイヤモンドのアルミアイゼンをザックに入れて来た。

 09時少し前に2度目のハイマツ帯となる。どうもこのハイマツ帯でルートが少し不明となり無理して下ると踏み跡に出てホッ
とする。暫くなだらかな草地の岩稜帯を進むと09時20分岩の沢場を通過する。ここが9月半ば過ぎまで雪渓が残っている時
期には危険な場所になるらしい。事前に読んだ森山憲一さんの写真を見てビビったものだ。確かに谷が切れ込んで下が切れ落ち
ている。その場所をクリアすると岩棚に沿って草地へ出て小窓ノ頭とのコル部で登山道が尾根に一旦近づく。


   目的地の池ノ平山(南峰)を眺める 最初の岩場は右に逃げて草付きを上がる その後は難所は無さそうだ

  
 2つ目のハイマツ帯が現れる             岩尾根の括れに近づく あと2つ岩尾根ピークが先にある

  
 このハイマツ帯を強引に下っていく様にテープがある    ハイマツ帯の下側に出る

  
 岩稜帯に出る                     稜線部からは随分下った場所を歩く様だ

  
 ここが雪渓が残ると危険な場所と言われる沢部だ     森山憲一さんのピークス写真より


    09時20分雪渓が消えた現在はそれ程危険な場所では無い

  
 岩場を抜けると草地を回り込む          この岩場付近も雪渓が残る場所になる 先が小窓ノ頭

ここまで来ると右下に小窓雪渓が見える様になり、最初は草地を「小窓」のコルに向かって急降下して行く。正面には池ノ平山、
南峰と北峰が揃って見える。やはり北峰の方が鋭く厳しそうで、その左手は「大窓」に向かって尾根が切れ落ちているのが見え
る。その奥には以前縦走した後立山連峰の白馬三山も見えている。


  
 小窓ノ頭をトラバースする辺りが一番緩やかな傾斜だった   池ノ平山の揃い踏み  北峰(左)と南峰(右)


 池ノ平山・南峰は最初のピークまでが難しく、そこを越えれば後は単純な岩尾根・ハイマツ帯だ

  
 次第に尾根沿いのルートになる                   小窓雪渓へ向かって急な傾斜となる

 
「小窓」(標高 2,340m)

 なだらかな斜面が小窓まで続くのかと思ったが、コルに近づくに従ってハイマツの岩場や結構なガレ場が出て来る。慎重に急
傾斜や岩場を下って09時50分やっと「小窓」のコル部に下り立った。ここは西側、早月川の支流・白萩川の源流「西仙人
谷」と東側、小窓谷(雪渓)を経て劔沢を繋ぐ峠部となっている。テン場から大した距離でもないのに4時間もかかった事に
なる。帰りは上りになるのでもっと時間がかかるのでテン場に帰り着くのが夕方ギリギリになりそうだ。先刻登山者とテン場
を譲る約束をしてしまった事を少し後悔する。


  
 ハイマツ帯の岩場を下る                         ガレ場の急傾斜も出て来る

  
 最後はなだらかな傾斜が小窓まで下る              左手には険しい西仙人谷側


殆どの縦走者はここから小窓雪渓を下り途中から鉱山旧道で左の尾根に上がり池ノ平小屋へ向かう


 池ノ平山・南峰は最初にこのピークを這い上がるのが難所となり、ここを歩いた記録はネットでは見つからなかった
    

第二行程) 小窓〜池ノ平山・南峰〜小窓  約4時間45分

池ノ平山・南峰 (標高 2,555m) 

コルの北側には池ノ平山・南峰手前の岩峰が鋭く立ちはだかる。基部まで進むが尾根を直登するのは無理で岩場を右手に迂回す
る。この辺りの岩は南アルプスの赤石岳の様に赤茶けた色をしている。岩稜帯をルートを選びながら右上に回り込み支尾根へ向
かう草地の急傾斜を這い上がる。

最初のピークまでが這い上がれる場所を選びながら歩くので思いのほか時間がかかってしまった。ピークから山頂を眺めると左
の岩稜線部に延びるハイマツ帯に沿って難所はなさそうだった。一旦ピークを少し下ってハイマツの藪を避けながら這い上がっ
て行く。帰りの事を考えると急いで山頂へ行かなければならないが霧が下から次第に立ち上って来て視界が悪くなる。

傾斜は急な場所もあるが危険な崖は無くウサギギクの咲き残りの草地などもある。ハイマツの間を選びながら息を切らして這い
上がると池ノ平小屋から延びた稜線と合流した様で少し左手に進むと岩峰があり12時35分山頂標識に出合う。でも周りは
霧でサッパリ景色が見えない。

小黒部鉱山

大正初期に池ノ平山の東斜面で輝水鉛鉱(主にモリブデン)の鉱床が発見されて採掘が稼働していたらしい。この鉱物は鋼鉄に
これを加えると硬さや引っ張り強度が増すので大窓から白萩山〜馬場島を経て滑川駅から東京の飛行機製作所へと運ばれてエン
ジンの合金素材等に使われていたと言う。しかし鉱床の規模が小さく短期間で閉山した。(その後も軍需物質として第二次大戦
中に一時稼働再開したがすぐに閉山された。資料によると当時の鉱山事務所や飯場が池ノ平小屋として使われているらしい。

四国にも辺鄙な山奥に鉱山跡があるが、採算に合わなくても戦略物資など希少鉱物ならではの採鉱が行われていたのだろう。こ
こでは北方稜線の白萩山などにお地蔵さんが置かれているのはこの小黒部鉱山に関する運搬、歴史の道なのだと思われる。

ネットでこの場所から眺める剱岳や毛勝三山の山並みを見るのを楽しみにしていたのだがさっぱり見えない。一瞬霧が張れそう
になってブロッケンが現れて喜ぶが直ぐに霧に覆われた。のんびりと霧の晴れるのを待つ時間的な余裕も無い。大急ぎで小窓
に向かって滑るようにして下山する。それでも帰りの崖の様な草付き部ではロープを出して慎重に下る。


  
 草地のガレた尾根部を正面の岩場まで進む           歩いて来た稜線を振り返る 一番奥が小窓ノ王

  
 正面突破は無理なので右手に岩場を迂回する           結構急な斜面を安定した岩場を選んで移動する

  
 岩場を回り込むと急斜面の草地に出る                草付きを掴みながら這い上がる

  
 小窓雪渓が眼下に見える 結構急な斜面だなあ        右上に向かって岩場を這い上がる

  
 左手の岩壁に回り込むと切れ落ちた断崖だ            最初のピークから南峰を眺める ここまで来ると2ステップだ

  
 次のピークへと向かう                         ハイマツと岩の間で歩き易い場所を選んで進む


 振り返ると途中のピークと厳しそうな主稜線の岩山が小窓雪渓に向かって切れ落ちているのが分かる

  
 岩峰にB級登山者が登れるのはハイマツのお陰だ       アチャ〜 もう少しの所でガスが沸いて来る

    
 稜線をあまり外さずに山頂へ向かう                  もう少しの所で展望がガスに包まれた

   
  12時35分 あれっ   ここが山頂なのね           右手の鯛のお頭岩に標識が掛かっていた 

   
  帰りにブロッケンが出たがゆっくりとしてはおられない     ハイマツ帯を滑るようにして下る

  
 さらば 池ノ平山よ 縁が有ったら又会おう           斜面を下ってくると霧が次第に薄くなり小窓雪渓が見えて来た

  
 ハイマツの下側に沿って斜面を回り込む              草付き上部のダケカンバまで帰って来た

  
 小窓雪渓もこの時期ヤセている                   草付き上部の藪へ向かう

  
 上りは何とかなったが下りは少しヤバい             2〜3度 ロープを出して岩場を下る

   
小窓雪渓から沢水の音が聞こえるが水を取る余裕は無い   又 霧が出て来た 北アルプスは油断ならない

   
   岩尾根の基部に出る                        14時35分 やっと小窓まで帰ってきた〜〜〜


第三行程) 小窓〜三ノ窓〜池ノ谷ガリー上部大岩まで  約3時間35分

小窓から発射台、三ノ窓横までは順調に帰る

14時35分やっと小窓に帰り着く。小窓から池ノ平山を往復するのに5時間弱もかかってしまった。もう小窓雪渓を下りて水
を確保する猶予は無い。テン場を明け渡す約束をした登山者もまだ居られたとしても夕方までに帰らなければ痺れを切らして他
の場所へ移動して行くだろう。気の毒な事をしてしまった。

 小窓ノ頭に向かってハイマツの生えた沢の様な岩の窪地をどんどん上る。15時10分ハイマツ帯に入るがこちら側から歩く
方がルートははっきりしていた。ハイマツ帯を抜けると岩が点在する緩やかな草地に出る。右手には岩壁が稜線へ立っている。

  
 小窓から小窓尾根へ向かって岩っぽい上りに向かう   下りには気付かなかったが小沢部の岩場を上がる

  
 結構な岩場だった                   傾斜を上がるに従ってハイマツが増える

  
下から歩くとハイマツ帯にテープが置かれてルートが分かり易い  15時20分 草地の斜面に出た

15時35分前方に例の雪渓があれば危険な急斜面とその奥にゴジラが雄叫びを上げている様な「小窓ノ王」が不気味に立って
いる。
やがて16時05分2つ目のハイマツ帯に入り、こちらもテープなども残置され帰りの方がルートが容易だった。ハイマ
ツ帯を過ぎると鮮やかなチングルマの紅葉が点在する草地を進む。




  最初の雪渓が残ると危険な場所まで帰ってきた  前方にえげつない小窓ノ王が見える  

   
 ハイマツ帯の下縁にそって岩稜帯を進む         ここが雪渓が残る時期に危険な場所となる


  少し霧が飛んだ時点で池ノ平山を振り返る   北峰と南峰の揃い踏み

  
  急傾斜のザレ場を抜ける              帰りは2つ目のハイマツ帯への入口も分かり易い

  
 ハイマツ帯の中に道が付けられていた         ハイマツ帯を過ぎるとチングルマがある草地へと出る

16時15分二つ目の雪渓が残ると大変危険な沢部の岩場を渡る。この頃から谷部からガスが湧いて立ち上って来た様だ。でも
朝既に歩いたルートだったので特に不安はは感じなかった。

17時07分稜線を乗り越える小窓ノ王の北側稜線コル部に到着する。霧が出て来るとそこに2羽の雷鳥が現われた。こんな時
に雷鳥を撮影する時間的な余裕は無い筈なのだが、千載一遇のシャッターチャンスを逃す訳にはいかない。ここまでくればもう
テン場は近い。少しの間この霧の天使を追って写真を撮る。


  
 やがてガスの中に2つ目の岩稜溝部に近づいた様だ      この岩の括れに雪が残り急な雪渓となる場所だ

  
 確かにここは上側に迂回するのも難しそうだ            下側を覗くとこんなガレ沢になっている

    
 急な岩場を棚に沿って進む                     そこを抜けると小窓尾根の基部は近い

  
 小窓側の谷筋はガスが湧き上がっている             小窓ノ王に向かって尾根部へ上がる

  
 最後のハイマツ帯を尾根部へと進む                この急傾斜のハイマツ帯を越すと小窓ノ王の基部にでる

  
 霧の中に小窓ノ王が見えた                  17時06分 小窓ノ王の基部に帰り着く   


   霧が出るとライチョウもお出ましになる ご夫婦でしょうか?  こんな写真撮ってる場合じゃないんだけどねえ  

17時14分霧の発射台を下る。左手の垂直な岩壁に残置ハーケンやフィックスロープが見える。こんな岩場を登る人が居るの
が信じられない。
17時25分発射台を下ると前方に先ほどまで霧で見えなかった池ノ谷ガリーが現われた。上部はガスで少し
隠れている。発射台を振り返りながらガリーを詰めて行く。


  
 発射台を下る  霧で池ノ谷ガリーは見えない          足元は見えるので安心だ

  
  左手の岩場には残置ロープが垂れ下がる           ここを岩ヤはロープ頼りに這い上がるのか〜 勘弁してよ

  
  三ノ窓基部へ下る                          最後のザレ場を慎重に進む


  一瞬霧が飛び池ノ谷ガリーが姿を現した  左手が三ノ窓への入口

  
      発射台を振り返る                 17時30分 三ノ窓を回り込み池ノ谷ガリーへと進む

  
 池ノ谷ガリーへ入る                         17時50分 小窓ノ王を振り返る

池ノ谷ガリー上部で夜と濃霧の為ルートを見失う

18時03分大岩の右手をセオリー通りに這い上がる。この場所は池ノ谷ガリーの上部にあるので池ノ谷乗越はすぐ近くだ。も
し例の登山者が近くでテントを張っていれば平謝りするしかない。辺りは暗くなりヘッドランプを用意しているが、この時もま
さか自分がこの後テン場まで這い上がれなくなる事態が起こる事は頭の隅にも無かった。

  
 18時03分 池ノ谷ガリー上部の大岩を右手から回り込む   ライトを点けても辺りの岩山は何とか見えたのだが・・・


これ以降のお粗末なレポは第二部で述べる事にさせて貰い、一応目的の剱岳北方稜線、池ノ平山までの縦走はほぼ達成されたと
思っておこう


剱岳北方稜線 道迷いの結末は第二部 で  富山県警山岳警備隊ヘリで富山空港搬送、その後再度登り返しの記録は  ここ   

  
             目次に戻る           トップページに戻る