現代版「石鎚山〜剣山単独無支援縦走」 平成27年10月14日〜10月26日(13日間)

第3章 剣山系 土佐岩原〜剣山

カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図   石鎚山〜剣山


第三章 たおやかなる剣山系の縦走
平成27年10月23日〜26日

三方山〜京柱峠〜小檜曾山〜土佐矢筈山〜綱附森〜天狗塚〜西熊山〜三嶺〜高ノ瀬
〜丸石〜次郎笈〜剣山


剣山系の縦走
 
カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図


10日目(10月23日) 11時間30分行動

土佐岩原−三方山−弘瀬山−京柱峠

直線距離:14.793km  沿面距離:16.037km  累積標高差:4,488m

土佐岩原〜京柱峠

カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図  土佐岩原〜京柱峠

土佐岩原〜三方山 (約6時間30分) の詳細ルート説明図


カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図  土佐岩原〜三方山


登山口は岩原神社 (土佐岩原駅から岩原神社まで約1時間)

車中泊の為出発は容易だった。靴とザックを取り換えて水と食料を詰替えて06時15分JR土佐岩原駅の空きスペースに置いた車を
離れる。寝ぼけて反対側の踏切へ向かい引き返す。以前取り付き口を右から回り込むルートチェックでこちら側へ行った事があったの
で脳が間違ったのだろう。


線路に沿って北側へ進み踏切を渡って右手上方への道を進むと橋が鋭い沢に架かっている。更に進むと広い四差路になっており、それ
を岩原集会所・岩原神社の標識通りに右手に分岐を上がって行く。最後は左手に切れ曲がると八幡神社の小さ目の社屋が右手にある。
その横を抜けて石段を上がると参道が道路の上側を抜けて07時20分登山口となる岩原神社の石段に到着。
長い石段を上り切ると立
派な岩原神社の境内に着く。お参りを済ませて07時30分いよいよ剣山系最初の山「三方山」への取り付きとなる。


  
06時15分 JR土佐岩原駅前に張り紙をして出発する     駅から徳島県方面へ踏切を越えて進み、ここから右手に上がる

  
 沢に架けられた橋を渡る                         06時35分 四差路を岩原神社方面の右へ進む

  
みかん畑を右に見ながらしばらく坂を上る             07時10分 最後は左へ岩原集会所の看板方向に進む

  
岩原八幡宮の前を通過                        07時20分 岩原神社の境内(石段)を上る

  
  立派な鳥居を潜る                           07時30分 岩原神社境内の右手から尾根に取り付く

以前は県境部の沢部から這い上がって三方山の南西尾根へ至ったのだが、今回は縦走トレイルルートを意識して歩き易い尾根を選んだ。

神社の右手から尾根に取り付くと案の定、人の匂いがする作業道がある。滑車の残骸が転がる林業作業道らしき踏み跡を辿り、やがて
岩っぽいワイルドな尾根となる。多少傾斜は急だが植林と松が混在するスペースたっぷりの快適な尾根に満足する。08時45分岩原
神社から北東に登って来た尾根は左手から延びて来た尾根と合流しやがて東へと回り込む。


この辺りは地形が平らなのだが植林地帯と低木の中を高みへと向かうと自然に尾根部を回り込む事が出来た。

09時10分未舗装林道と出合う。この林道は県境付近から南へ大きく左右に波打ちながら延びて来て、この先で尾根を再び交差した
後、三方山南西尾根とほぼ平行に800m程の標高差を保って県境付近まで続いている。


以前県境尾根を這い上がった時にこの林道に出合い地図には記されていない末端部まで歩いた事がある。15分程で上側の林道交差部
を横切り尾根部へと入る。


09時40分突然目の前に伐採地が現れ太陽の陽にさらされ眩しく暑くなる。伐採地としては余りにも傾斜が急で振り返ると土佐岩原
付近が見下ろせる。ジグザグに歩いて伐採地の上部に出て切株に腰かけて景色を眺めながら朝食、と言ってもカッパエビセンをかじる。
向かいのお山は同定は曖昧だが、「あれが野鹿池山でそれが黒滝山、その手前に1196.3三角点峰」などと指差しながらつぶやく。

5分休憩の後10時00分再び薄暗い植林の尾根に入る。20分程植林の尾根を進むと三方山の北西尾根に合流するのだが地形が平ら
な場所なので尾根に合流した実感は伴わない。
10時35分辺りが自然林の細尾根となり三方山への尾根道切符と確信する。

 
07時30分 岩原神社の右手から尾根に取り付く                  なだらかな尾根部もある

  
09時10分林道を横切る                          10分後再び上側で林道を横切る

    
09時40分 広い伐採地に出る                     出発した土佐岩原を見下す


土佐岩原の対岸には黒滝山から下った斜面には大久保集落と大砂子集落が見える

左側が切れ落ちた自然林が続きルートが多少左右に振れるが概ね尾根が明確で歩き易い。11時30分頃から再び植林地帯に入ると県
境が近くなる。
11時40分県境手前の三角おむすびピークを通過する。自然林だと割と方角がわかり易いのだが密生した植林の中で
は同じ景色の中、全体の地形も把握しぬくいので分岐で下る場合は方角に注意を要する。


以前県境沢から這い上がってこの場所近くに出たのだが、ここで右手(東尾根)に間違って少し下りてしまった事があった。今回はそ
れを覚えていたので少し左側(北)の尾根へ下る。


11時48分県境コル部に到着する。ここから左が徳島県、右が高知県の尾根に入るのだが何の標(しるし)も無い。右手に未舗装林
道が見えるのは土佐岩原から山一つ東側にある三谷地区から延びている作業用林道だろうか。


  
尾根部に回り込む                             植林の尾根が続く

  
11時46分 県境部に着くと右手に林道が見える           県境部から上り傾斜を進むと徳島県の県境杭が現れた

三方山   二等三角点「西峰」 1,303.27m

県境コルから急な傾斜を10分程上り切ると徳島県側の有瀬地区から続く尾根のピークと合流する。そこから50分程左の徳島県側が
急傾斜の自然林、右の高知県側が植林というパターンで同じような景色の上り傾斜をひたすら歩く。
三方山ピーク手前に祖谷側から来
る登山道と合流し12時50分細長くて平らな三方山の山頂に到着した。


三方山は字の如く西祖谷山村(徳島)、東祖谷山村(徳島)、大豊町(高知)の三町村の境界となるピークで南東側が萱場になって
展望があるものの西側は植林で見えない。
と言ってもこの辺りから確認出来る山は山頂にアンテナが立つ梶ヶ森くらいで後は馴染みが
なく特徴のない形なので同定は難しい。


三方山へは祖谷のかずら橋方面(北側)の今久保登山口と中尾登山口から熊谷峠を経て来るルートが一般的で花の時期に登山者が訪れ
る位のマイナーな山だ。
山頂で携帯のメールや着信の対応などに追われて30分程と長めの停滞となった。

  
県境尾根は左斜面が自然林、右手が植林のパターン        三方山への北側(かずら橋・熊谷峠コース)登山道に合流

  
12時50分 三方山の山頂広場に到着                  剣山系の窓口「三方山」へ立つ


  「三方山」 二等三角点「西峰」 1,303.27m

1299ピーク過ぎでルートをチョンボ 30分のロス

13時30分細長い山頂の裏手に進みここから東に続く未踏の県境尾根に入る。左が自然林、右が植林のパターンが続き境界杭も随所
に現れ快適な尾根歩きとなる。好事魔多し!油断大敵! 1299ピークを過ぎてなだらかに下った後14時10分漫然と北東へ延び
る尾根に入ってしまった。途中でおかしい事に気が付き右後方に見える尾根へと乗り換えを試みる。ところがこの尾根の間に深い谷が
ありどうも様子がおかしい。ここでGPSを出して位置確認するととんでも無い場所に迷い込んでいた。う〜〜ん 迷った時にはズル
をせず元に帰るというのが鉄則じゃないか!! 慢心をサルの様に反省し14時40分県境尾根へ復帰。ここから又しばらく平和な左
・自然林、右・植林のパターンが続く。


  
三方山から右に回り込む様に下って東へ向かう尾根に入る   左:自然林  右:植林のパターンが続く 歩き易い尾根だ

  
14時10分漫然と間違い尾根に迷い込む(自然林・植林のパターンが違う) 14時40分県境尾根に復帰して快適な道となる


弘瀬山   四等三角点「弘瀬山」1,373.62m

15時10分頃から自然林と植林のパターンが崩れて両サイドが自然林になったり植林になったりするが、境界部は広く刈り払われて
いるのでわかり易く快適だ。前方に弘瀬山手前のピークが見えてその辺りが一段高くなっている。このピークからは尾根は一旦南に振
り次のピーク弘瀬山で又南東に進むと言うクランク尾根となっている。この頃から足元に草が多くなりやがて背の高いススキが出て来
るので注意していると15時30分コーナー部に弘瀬山の三角点があった。


  
自然林も両サイドに出て来る場所もある               広い県境尾根部が少し荒れている場所もある

  
前方に弘瀬山のピークが見えて来た                  尾根に雑草やススキが多くなる

 
15時30分 ススキの中にある弘瀬山の三角点に到着   四等三角点「弘瀬山」1,373.62m


ジャンクション峰 (1,327m峰)


カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図  弘瀬山〜ジャンクションピーク〜京柱峠

弘瀬山から県境尾根は一旦標高を少し下げた後、標高1,327mのジャンクション峰へと進む。少しの間快適な尾根道だったが猛烈
なススキの海原に変わる。見た目は美しいススキの流れだがもうこれは藪である。ただ笹藪と比べて茎が柔らかいので太腿と足でどん
どんススキを押さえこんで歩ける。ただ笹原の流れは県境尾根筋から別な方向にも別れており途中で主流に方向転換が必要だった。

16時06分尾根のコル部まで下りると左手にブルドーザーが止まっており林道建設工事が行われていた。尾根筋の右手には地図上に
林道の実線があるのを確認していたが、尾根の左側にも新たな林道が造成されようとしている。林道には下りずにすぐ右手の藪っぽく
なった尾根を通って1,327mジャンクションへと向かう。


又現れたススキの藪尾根を上がると16時30分1,327mピーク辺りに着いた。ここは非常にルートが難しい場所で京柱峠の県境
尾根へは意識的に植林の中に突入して右へ急角度に方向を変えなければならない。


尾根なりに進んでしまうと三等三角点「樫尾」がある谷道川へ消える尾根へと行ってしまう。かと言ってこの場所から京柱峠は植林に
遮られて全く見えない。ここは地図を信じて植林の中に飛び込み右手へ下っていくしかない。やがてかつての放牧場名残で県境尾根に
沿って鉄条網の鉄柵が残っているのに出合う。


このターンに成功すると左手に牧場跡のススキ原が現れ、この右手に沿った細尾根を下る。17時を過ぎて西陽が広葉樹の葉っぱを物
悲しく染める。赤松の多い尾根をひたすら歩く。
17時20分二重尾根になった場所に出て右手の尾根に乗りかえる。美しい自然林が
夕暮れが近づき次第に色褪せてくる。



  弘瀬山から見たススキの向こうに目指す1,327mジャンクションピーク (このピークから右に下がる)

  
ススキ原も途中で乗り換えが必要で油断ならない          京柱峠方面  奥に明日進む小檜山

  
16時05分 コル部近くでは道路工事が行われていた        更にコル部へ向かう

  
まあ植林地には林道が必要だから・・・                 県境尾根部のススキ原を這い上がる

  
16時35分ジャンクションピークから右手に下がると鉄条網が残っている   牧場跡もススキ原になっている

  
日暮れが近づきもの悲しい気分になる             牧場跡に沿った後、また自然林の尾根に帰る


京柱峠

17時45分三等三角点「京柱」1,157.96mを通過する。カメラもフラッシュを焚かないと写真が撮れない。もうここまで来
れば京柱峠も近いのでヘッドランプを出してゆっくりと歩く。暫く歩くと電波塔に行き当たりそこから左の道路に下りて17時55分
京柱峠に辿り着いた。


京柱峠(きょうばしらとうげ)と言う名前は平家の落人関連かと思いきやウィキペディアで調べると弘法大師さんが阿波から土佐へこ
の峠を越えて行く時に麓の祖谷の村よりムーチョ遠く、この峠を越えるのは京に上るほどだと呟いたのが謂れらしい。


今年5月29日水場チェックに来た時は峠の下側にある大きな東屋でテントを張ろうと考えていたが、もう暗くて疲れていたので水場
の近くにテントを張り、石で作られたテーブルの上でお湯を沸かして夕食を作る。水場の横でビバーク出来るのは本当に精神的にリッ
チな気分になれる。



  
自然林の細尾根を拾いながら下る                   17時45分 三等三角点「京柱」に着くと峠は近い

  
17時55分京柱峠の水場に水が溢れているのを確認        やっと今日の目的地「京柱峠」に到着


京柱峠には茶屋があり高知県側の西峰地区からおじさんがこの寂しい場所に来て店を開いている。シシうどんは800円で香川ウドン
県在住の私にとって高い物だったがまあこんなへんぴな場所と客数から考えると相場だろう。話をすると体が動く限りここに来ると言
っておられた。 今は真っ暗で誰も居ない峠に吹き上がる風の音が響いていた。




縦走11日目 (10月24日) 約12時間40分行動

京柱峠−小檜曾山A―小檜曾山B−土佐矢筈山−笹峠−綱附森−地蔵の頭−天狗塚−お亀避難小屋

直線距離:20.147km 、沿面距離:20.625km 塁系標高差:3,325m

 

朝起きるとテントがぐっしょり濡れている。風がある時は結露しにくいのだが、恐らく気温が急激に下がったのだろう。一昨日大歩危で大食いしたので胃がムカムカして食欲が無い。05時50分テントを防水バッグに押し込んで京柱峠を後にする。東の空が白んできて天狗塚と牛ノ背が見える。剣山系の山は平凡な形をしているので同定が苦手だがこの鋭角なトンガリと丸っこい山塊のセットだけは見分けがつく。

ヘッドランプを頼りに暗い尾根へと這い上がる。

左が植林、右が自然林のパターンが続く尾根を上がって行くうちに次第に明るくなって来た。植林地帯を抜けて06時55分尾根道と原始林コースの分岐を通過。ここは右手の原始林コースのブナを眺めながら歩く事にした。黄葉の時期は既に過ぎてはいるが落ち葉が敷き詰められた斜面にはブナの残した葉っぱが日差しを受けずに茶色に染まっている。この時期のブナはまるで白樺の様に白い斑模様でこれも美しい。尾根部に合流するとモミ千本と呼ばれる樹林帯に入るのだが大変荒れておりルートがはっきりしない。

 
京柱峠でビバーク                             日の出が近い牛の背、天狗塚方面の空

  
ヘッドライトを頼りに這い上がった尾根も明るくなる      06時55分原始林コース分岐 (20分程で尾根コースと合流する)

  
 原始林コースは素晴らしい空間だ                  樅千本のモミは相当倒れてモミ五百本程になっている


小檜曾山  二等三角点「笹」 1,524.89m

境界杭を探しながら荒れたモミ林を歩くと07時50分平坦な樹林帯を抜けて笹原に出た。

南西方向に吉野川の谷間が雲海に埋まっている。やはり今朝は気温が下がったのだろう。梶ヶ森は山頂にアンテナが立っており
周りの山からは離れているのでわかり易い。ザックを矢筈分岐に置いて08時00分縦走路から少し南西側に外れた三角点のあ
る小檜曾山(こびそやま)へ立ち寄る事にする。少し稜線を下がった窪みには小規模なモミ林があったと思われるが幹がシカに
齧られたのか全滅状態だ。08時00分小檜曾山へ到着して三角点を踏む。ここから南側へ向かって「笹越」への尾根が落ちて
行く。

縦走路に帰りザックを又背負って今度は08時20分縦走路上にある小檜曾山へ着いた。この縦走路にある小檜曾山は標識が立
てられてはいるが山渓分県ガイドで「ニセ小檜曾山」と呼ばれているピークである。三角点のピークが尊重されがちなのだがよ
そ者にとってはどちらが本家か良く分からない。北側はミツバツツジの群生地となっており春にはピンクに染まりそうだ。


  
07時50分樹林帯を抜けると笹原となる                 吉野川の谷間には雲海が立ち込めていた

  
京柱峠方面(牧場跡)と弘瀬山                      分岐から縦走路を離れた小檜曾山(三角点峰)を見る

  
08時 小檜曾山 二等三角点「笹」1,524.89m          土佐矢筈山への尾根が続く

  
三角点は無い方の小檜曾山の山頂標識 ミツバツツジが群生している  土佐矢筈山へ向かって軽快な縦走路が続く


典型的な剣山系の笹原縦走路に入る

さて小檜曾山を過ぎると砂漠の様な笹原が続く痛快な縦走路となる。遠くに土佐矢筈山らしいなだらかなピークが見える。08
時45分日本アルプスの様な大き目のケルンが積まれておりそこをコルに向かって下る。遠目には良く見えないがコル部には樹
林帯が隠されている。


石鎚山系と違って目標の山を眺めながら気持ちよく歩けるのが剣山系の特徴だ。それにアップダウンが少ないので思ったより距
離を稼ぐ事が出来る。石鎚山系の様に目標は見えないはゼイゼイ息を切らせる事も少ない。これらが石鎚山系より剣山系が縦走
路として好まれる理由だろう。


  
草原にはケルンが似合う                         樹林帯もある

  
剣山系の岩は白い                             もう少しで土佐矢筈山だ


土佐矢筈山  三等三角点「矢筈山」 1,606.64m

阿波矢筈山に比べてなだらかでデカく何となく矢筈の形をしている土佐矢筈山へ次第に近づく。この辺りにもミツバツツジの群
落が見られる。なだらかな上り坂を喘ぐ事もなく平和そのものに進むと09時15分「(土佐)矢筈山」の山頂に到着。先ほど
通過した(ニセ?)小檜曾山と同じように北側がミツバツツジの林になっている。



09時15分 土佐矢筈山に到着   三等三角点「矢筈山」

  
牛ノ背・天狗塚は近くに見えるのだがグルリと回り込まなければならない  少し分岐に引き返して矢筈峠へ向けて下がって行く


矢筈峠(笹峠、アリラン峠)

先程通り過ぎて来た縦走路分岐に戻り、ここから標高差360m余りを南東に向かって下る事になる。この分岐を10分程下る
と樹林帯となり、登山道は良く歩かれている様で深く刻まれている。高度を下げるにつれて笹の背丈は高くなるが、登山道は広
くて広葉樹の紅葉なども見られて快適に降下する。10時05分峠手前の1,293mコブを右からトラバースして峠へと回り
込む。振り返ると相当高い場所に白っぽい岩を所々に配した矢筈山が見える。


前から男性が来たので「矢筈峠は近いですか?」と尋ねると「もうすぐそこですよ」と教わり、別にそんな質問は不要なのだが
これも挨拶みたいなもので会話の糸口である。10時12分矢筈峠の看板が立つ道路に出た。
ここは祖谷山林道「笹谷線」の道
路が延びて来ている。北側、徳島県側は笹谷〜オコヤトコ、京柱峠への道と繋がる。南側、高知県側は笹川〜物部方面へと繋が
っている。徳島県側は道路状況があまり良くないので高知県側からこの峠へ来て土佐矢筈や綱附森へ登られている様だ。

駐車場に車が3台停まっており近くに在る水場は完全に涸れていた。雨が少ないとどこの水場も厳しくなっている。


  
登山道はしっかり踏まれている                      紅葉が美しい

  
矢筈山をズームで見上げる                        更に紅葉が美しい

  
10時12分 矢筈峠に着く                       水場は完全に涸れていた

綱附森登山口〜綱附森まで約3時間

右手に尾根があるのだが綱附森の登山口看板が見当たらない。数年前に一度ここに来ているのだが記憶には既に無い。地図を見
るとこの先で道が尾根と交差しているのでそのまま進むと右手に綱附森の登山口駐車場がありここにも車が3台停まっている。
10時25分左手にある「熊出没注意」の看板がある綱附森登山口へと入る。


最初は笹も背丈があり急な上り坂が続くが20分程で縦走台地に上がってからはなだらかな紅葉に囲まれた道となる。

11時15分登山道はV字型に南東方向から北東方向に切れ込む。朝から何も食べずに休憩なしでここまで来たが、あまりにも
良い日差しなので濡れたドームシェルターをザックから出して乾かしながら今日初めての行動食を摂り座って休憩する。先が長
いのでお亀避難小屋まで行き着けなかった場合の事を考えて少しでもテントを乾かしておきたかった。


周りを見渡すと広葉樹の紅葉が綺麗なのだがリョウブの木はほぼ鹿にやられて全滅状態となっていた。15分程休憩して未だ乾
ききっていないテントを収納し出発する。


  
土佐矢筈から峠に下りてそのまま東笹林道を東に進む    10時25分 林道が尾根を横切る場所に駐車場と綱附森登山口がある

   
綱附森への登山道は良く踏まれてる                  紅葉が美しい自然林を歩く

  
11時15分 南東から北東へのターニングポイントを過ぎると美しいブナ林が現れる  ポカポカ陽気に誘われてテントを乾かす

11時45分1,421mピークに出ると北側が開けて来て長い牛ノ背中とトンガリ帽子が見える。「天狗塚」の右側には双子
の様なピーク「地蔵ノ頭」があり、その間にも子牛ノ背中がある。左手には先ほど下りてきた矢筈山があり、両サイドが灌木で
黒っぽい色をしており中間が笹の明るい色なので双耳峰が強調して見える。


縦走尾根は大体同じ標高(1,400m辺り)を保ちながら一旦北側へ振った後、又東へ延びて次の目的地へと続くので右手前
方に遮るものがなく綱附森の大きな姿が見える。剣山系の山は遠くから見ると丸くて同定が難しい訳だ。北側の支尾根や沢は全
て吉野川水系の谷道川に落ち、南側の支尾根や沢は全て物部川の支流に落ちて行く。つまり小檜曾山から石立分岐までは吉野川
水系と物部川水系の分水嶺を歩く事になる。


ブナ林を抜けて茶褐色の暖かい色をした笹原やシダの稜線には葉を落とした白っぽい立木が美しい風景を作っている。
12時05分コル部に来ると綱附森の左手前にある小高いピークへと進む。この辺りに稜線を横切る道があるのだが笹やススキ
に覆われてはっきりしなかった。



11時41分 1,421mピークを抜けると見渡す限りの大展望が現れる 牛ノ背〜天狗塚〜地蔵ノ頭〜西熊山〜三嶺

  
綱附森への平らな稜線が続きをの先に次の目的地が見える   こちらは歩いて来た土佐矢筈山


デカい綱附森の山塊、 手前に美しいブナ林の尾根が続き、綱附森の山腹の植林地帯の上側を東笹林道が走っているのが見える

  
この場所から望む土佐矢筈山は真ん中に笹原を持つ双耳峰の形がはっきりした姿だ

綱附森 二等三角点「安野山」 1,643.16m


ダケカンバ林を抜けて1,460mピーク手前のテラスまで上がると県境尾根は綱附森へ向かって東へと延びる。ここからは左
手に牛ノ背〜天狗塚〜地蔵ノ頭が並走する。


12時25分なだらかな1,460mピークに出ると前方に綱附森へ向かってダラダラと続く尾根道となりひたすら歩く。時々
振り返ると歩いて来た矢筈山から小檜曾山の稜線が見えるがその向こうにある山は特徴が無いので同定する気にもなれない。


高度が上がって来ると矢筈山の右手に京柱峠の西側斜面に広がる牧場跡のススキ原が見える。時々現れる白い岩の風景を楽しみ
ながら深くなって来る笹原を登ると13時25分綱附森にとうちゃこ〜〜


「綱附森」という名前の響きはとても印象的で良い山名だと思う。まさか大昔この辺りが海で北側の天狗塚に住む天狗が船を繋
いだとか・・・三角点名の安野山の安野は南側にある物部町安野尾の集落から来ているのだろう。
牛ノ背から天狗岳〜地蔵ノ頭
〜西熊山〜三嶺、それから白髪山に石立山、奥には縦走終着駅の次郎笈、剣山が頭を見せている。



  
草紅葉の草原を気持ちよく歩く                      12時13分 ダケカンバ林を抜ける


鹿が食べないシダが草紅葉となって、その向こうに牛ノ背と天狗塚、地蔵ノ頭が見える

  
12時30分に綱附森の基部に来たが中々この山は近づかない   剣山系特有の白い岩が現れる

  
いや〜 土佐矢筈から結構長かった〜〜                牛ノ背、天狗をバックにシェ〜〜


13時25分 綱附森に到着 ここは牛ノ背、天狗塚、地蔵の頭、西熊山の絶好の展望所だ 天狗塚と地蔵の頭が双耳峰の様に見える


ダマシピークの連続、地蔵尾根をヘロヘロ進む  (綱附森〜地蔵の頭 約3時間) 

さて、ここから地蔵ノ頭まで標高差はたった162mの上りなのだが、その間の距離も長くアップダウンが多く見た目よりも遠
いのだ。先が長いので水分補給だけで10分程休憩の後笹深い北東へ続く縦走尾根へと進む。


綱附森へは今まで光石・堂床コース、矢筈峠コース、天狗塚コースと3度来ているが、いずれもこの北東尾根の笹藪では苦戦し
た記憶がある。あれ? 確かに笹は濃く深いが以前ほど苦労せずにすんなりと獣道を伝って尾根を下る事が出来た。周りの風景
を見てもやはり鹿が増えて立木が枯れているし笹の勢いもない状態なのだ。このまま鹿が増え続けると剣山系もシダとススキと
バイケイソウの台地になってしまいやせんろうか?。(土佐弁?)


10分程でコル部に出ると笹が低くなり歩き易い尾根になる。次の小ピーク辺りはモミの木があるのだがほぼ枯れて殺伐とした
風景だ。振り返る綱附森はやはりデカい! 
前方には地蔵ノ頭の右手に西熊山と三嶺が見える。なだらかに続く褐色の尾根を景
色を楽しみながら歩き続ける。


1552mピークを過ぎると14時35分三角点を補助する図根点(ずこんてん)の石標があった。単調な尾根歩きではこんな
物も通過ポイントの刺激になる。


  
以前は笹が深くて往生したのだが簡単に下る事が出来た(正面は三嶺)   右手には白髪山と石立山が見える

  
立ち枯れのモミなどが多い                  やっぱり綱附森はデカいわ  笹も遠くから眺めるとビロードの様に綺麗だ


地蔵の頭に向かうなだらかな尾根  天狗塚〜地蔵の頭〜西熊山〜三嶺が並ぶ  地蔵の頭手前がギザギザ尾根となっている

  
シダが草紅葉となってこれも又良し                    14時35分 図根点を通過

地蔵ノ頭 1,805m

14時50分堂床分岐のコル付近を通過して落ち葉を踏みしめながら広々とした尾根を進む。15時30分を過ぎると尾根に
岩が現れいよいよ地蔵ノ頭へ向かう細尾根に来た感じがする。細尾根を歩くとちょっとした岩場にトラロープが敷設されて騙
しピークに這い上がって行く。


16時過ぎにこのピークを過ぎると前方にのっぺりと尖がった地蔵ノ頭のご本尊がやっと姿を現しホッとする。しかしその後も
ピークの先に細尾根が続く。16時10分見覚えのある鹿ネットが現れてそこから急登となる。
ヘロヘロになりながら16時
30分地蔵ノ頭へ這い上がった。


さて、天狗塚は縦走路からは外れた場所にあるのだが、この剣山系の目玉商品を見逃す訳にはいかない。縦走路分岐まで一旦下
がりザックを置いて天狗塚へ寄り道をする。


  
この辺りまでは平坦な尾根を歩いて来た            いよいよ地蔵の頭へ這い上がって行く 右の坊主頭はだましピークだ

  
14時50分 堂床分岐付近を過ぎる                   岩が現れ次第に上りとなる

  
16時 ロープの張られた岩を抜ける                   細尾根がピークを繋ぐ


16時05分 だましピークを過ぎるとやっと地蔵の頭が姿を現す

  
16時10分 更に小ピークに向かう 見覚えのある鹿ネットだ  だましピークを振り返る 右奥が綱附森

    
最後の急登を這い上がる                        16時30分やっと地蔵の頭標識に到着


天狗塚 1,812m

天狗峠へ向かっていると後ろで人の気配がする。振り向くとカメラを持った防寒着姿の男性が歩いて来る。挨拶を交わすと徳島
の中岩(ちゅうがん)さんと言う写真が趣味の人だった。お亀避難小屋に早めに着いて一寝入りした後夜景を撮りにやってきた
らしい。写真は天狗峠から撮ると言うので一旦お別れして天狗塚の山頂へ向かう。


もう太陽は天狗塚の後ろに入り逆光となった山のラインに向かって歩いていく。右手に見える牛ノ背の長い背中の西面だけが太
陽に照らされている。
空身なので一気に山頂へ向かう。振り返ると地蔵ノ頭付近に影天狗が映し出されてちょっと得した気分に
なる。こんな時間にここへ居る登山者は少なく、影天狗を見た人も少ないだろう。


17時07分天狗塚山頂に立つ。ここまで来ると太陽はまだ沈んでいなくてコメツツジの赤茶けた斜面の向こうに牛ノ背が今日
最後の太陽を十分に浴びていた。南側にある今日歩き続けてきた綱附森と土佐矢筈山を感慨深く眺める。


長い道のりだったがここまでくればもうゴールは約束された様なものだ。兎に角風も強く寒くなって来たのでお亀避難小屋へ急
ぐ事にする。
17時20分天狗塚を下りて振り返ると牛ノ背との間に夕日が沈もうとしていた。

天狗峠で三脚を構える防寒着姿の中岩さんに「写真の邪魔にならなかったですかねえ」と言うと「未だ1枚もシャッターを押し
ていません」と言う。どうも日没以降がこの人の勝負時間らしい。寒いのにご苦労なこっちゃ。「小屋は何人位居りましたか?」
と聞くと「8人から10人は居ますよ」と答える。 え〜〜 まあ土曜日なので仕方あるまいて


  
逆光の天狗塚と牛ノ背                         徳島の中岩(ちゅうがん)さんが写真を撮りに来ていた

  
県境縦走路からは外れるが、天狗塚だけはスキップ出来ない    お〜〜影天狗が現れた


                17時07分 天狗塚の山頂に立つ

  
  夕陽に照らされる牛ノ背  コメツツジが美しい          さてお亀避難小屋へ向かわなくては・・・


  17時20分 天狗塚と牛ノ背の間に沈みゆくお日様をしみじみと眺める


お亀避難小屋での出会い

地蔵ノ頭分岐に帰り薄暗くなってくる急斜面へと進む。この下りは地味だが結構な標高差がありおまけに1,698mピークの
左側をトラバースするので暗くなったらルートが分かり辛い。ヘッドライトを頼りに岩場を過ぎて笹原に入る。お亀避難小屋は
稜線の南側、つまり右側にあるのでコル部近くまで下がった後稜線へ出る。更に少し下ると18時02分ヘッドランプに照らさ
れたお亀岩分岐の標識が現れてホッとする。


18時15分お亀避難小屋へ少し憂鬱な気分で入る。何せ大勢の知らぬ人の間で寝るのは苦手な小心者だ。小屋を入った所にス
トーブがあり談話室の様になっている。避難小屋では登山者は全て平等なのだが、やはり先着者が少し有利な立場になる気がす
る。


談話室ではストーブを囲んで数人の山男が座ったり寝転んだりして団欒の時を過ごしている。挨拶をして「一人分のスペースは
あるでしょうか?」と牢名主に恐る恐る問いかけると「なんぼでも空いとるよ、2階は誰も居ないし」と闇の中から気さくな声
が返ってくる。
ほっとして「石鎚から歩いて今日で11日目です」と早く対等な立場に立とうとする自分が居た。


居住区は両側に一階と二階に分かれていて一階は登山者で占められている様だった。少し空いている場所で荷物を下ろして同宿
者と打ち解けようと山の話に加わる。四国の山に詳しい人がおり結構マニアックな場所が話題になったりしている。すると一人
の女性が「エントツ山さん?」と近くに寄って来た。ハイと返事をすると大喜びで「いなみ山の会の深田です」と言う。

一瞬訳が分からず空返事をするが、いなみ山の会と言えば兵庫県の山の会で高御位山さん、菅さん、前田さん、ゆ〜みんママさ
ん、大西のっぽさん達のグループや。我に返って「え?なぜここに?」と聞くと元々山の会で三嶺への山行予定があったのだが
急きょ取り止めになり深田さん、古賀さん、石井さんの有志3人で光石からやって来たと言う。


深田さんとは雪彦山(せっぴこさん)で四国チームと交流を図ったり、石鎚ご来光の滝から石鎚へ案内したりと親交があったの
でこんな場所での再会を喜びあった。


それから2階に荷物を運んでまだ濡れているテントを広げる。二階は誰も居らず一階の熱気が上昇しているので暖かくて快適だ。
おそらく梯子段で昇り降りするのが面倒なので2階が敬遠されるのだろうが、私としては気を遣わなくて済むので最高の場所だ。


菅さんの思い出や高御位山さんに剱岳へ連れて行って貰った時の話などを二階と一階で言葉を交わす。古賀さんは高御位山さん
と同様相当の山経験者で四国の山でも良く知っている。小屋に入った時も話の内容が詳しいのでてっきり四国の登山者と思って
いた。
他の登山者も居るので余り長い間個人的な話が出来ずに残念だったが、知り合いが小屋に居た事で頼もしく気分が良くな
った。


水場の様子を古賀さんに聞くと問題なく出てたとの事で先に野菜たっぷりチャンポン麺を食べて水場に出かける。暗くて岩がゴ
ロゴロする登山道を下り水場に着くと上側に張られた鹿ネットの中から鹿の警戒声が何度も聞こえた。震えながら体を拭き目薬
を差して浄水器で水を補給する。


小屋に帰ると大きなイビキをかいて寝ている人も居たので深田さんに挨拶の後静かに二階に上がりヘッドランプで広げた地図を
眺める。さて明日は丸石避難小屋か一気に剣山へ行くか微妙な距離だ。


  
夕陽が沈むのを待ってお亀避難小屋へ向かう             18時02分 お亀避難小屋の上にある標識に着く

  
避難小屋の2階が空いていたので夕食を食べる           19時20分 ライトを点けて水場へ行く

外は強風が吹き出し小屋が揺れる。古賀さんはラジオで気圧情報を取っており、夜中から未明に前線が通過して荒れる。その後
は冬型気圧配置となり気温は下がるが天気は回復するとの事。
明日の予定は丸石避難小屋通過時間で決めようと小屋中に響き渡
るイビキ対策に睡眠導入剤を飲んで寝る。 あ〜〜暖かくて平らで天国や〜〜




縦走第12日目(10月25日)) 約7時間40分行動)

お亀避難小屋−西熊山−三嶺−白髪避難小屋−高ノ瀬―丸石避難小屋

直線距離:13.913km 、 沿面距離:14.299km 累計標高差:2,483m


カシミールソフトを使ったGPSトラックログ図  お亀避難小屋〜丸石避難小屋

 

朝、暗い内から小屋の一階では早くから朝食の準備や天気の話などをしている。外は一面霧がかかって強風が吹き荒れている様だ。

あちゃ〜〜 ここに来て天気が悪くなったか。まあ考えてみれば今までの好天気が奇跡に近い。出発前も10日間余り晴天が続き
そろそろ崩れるかと少し焦った。それが縦走出発から今日まで最高の天気を天は私にプレゼントしてくれた。



古賀さんによると既に朝方前線は通過したので冬型の気圧配置が強まり寒くて強風が吹くとの予想だ。06時前になるとみるみる
天気が回復し朝焼けが見える様になってきた。しかし風は相当強くて寒い。


06時10分深田さん達が出発するので見送りに外に出る。記念写真を撮って貰おうとキョロキョロしていると撮りましょか?と
快くシャッターを押してくれたのが香川の「四国探検隊」さんだった。(その事を後で知った)


皆さんが避難小屋を出た後でゆっくりとトイレに入る。私は気が小さいので周りに人が居るともよおさないのだ。しかし一人でも
何もなく急性山型便秘に変わりはなかった。
二階の片づけをして06時40分小屋を出る。天気は良いが稜線に出ると風が強い。

 
いなみ山の会、古賀さん、深田さん、石井さんと        06時15分日の出が近づく


手前のコルがお亀岩もコル、正面は地蔵の頭、その左に縦走尾根と奥に綱附森  


西熊山 三等三角点「西熊山」 1,816.00m


地蔵の頭の標高が1,805mだからお亀岩コルからはほぼ同じ標高差を上る事になるのだがこちらの方が気持ちよく稜線を歩く
事が出来る。稜線から振り返ると地蔵の頭から左側に綱附森へ向かうギザギザ尾根が見える。右側はなだらかな笹原となっており、
もし地蔵の頭がもう少し尖がっていたら天狗塚と牛ノ背とそっくりである。


07時15分西熊山へ着く。ここまで着くと天狗岳のトンガリが頭を出してご挨拶してくれる。今月初めに水場チェックに来た時
にここで初めて「にくきゅう」さんに出会った場所だ。思えば光石から三嶺に来た時もこの外れで趣深山さんに初めて出会った
地でもある。又紫雲さんに案内されて北西尾根からここにやって来た。平凡で地味なこのピークも思い出があれば又山頂に立つ感
慨も深いものがある。



07時15分 西熊山に着く  ここまで来ると天狗塚が頭を出すで

西熊山の山塊から東側へ出ると違った形の三嶺が良く見える。ここから「風のコル」へと下がるのだが立っておれない程の強風が
吹きすさぶ。普段からこのコルに来ると沢の音が聞こえるので辺りを見渡すが沢など無い。つまり笹が強い風に揺れてサラサラと
沢の音に聞こえるのだ。しかし今日は轟々と音を立てている。


  
左手には矢筈山系が並ぶ                         正面の三嶺へ向かい爽快な縦走路を歩く

  
西熊山を振り返る  枯れたモミ林が北斜面に立っていた      三嶺台地(西峰)と三嶺三角点峰(東峰)が見える

  

三嶺 (さんれい・みうね) 二等三角点「三嶺」(みむね) 1,893.63m

08時になると三嶺手前のピークに出るが、尾根が北側に回り込んでいるので三嶺の南面が良く見える。三嶺はよく3つのピーク
から3つの尾根が派生している形から名付けられたと言わている。


常々思っている事だがこの3つのピーク、3つの尾根(畝)とは具体的に一体どれを言ってるんだろう? 地形的には三角点のあ
る1,893.4mピークを頂点に西に天狗塚からの縦走尾根、南に剣山へ至る縦走尾根、北東に避難小屋からいやしの温泉郷へ
至る北東尾根と三叉路になっている。これなら三方山や三つ足山的な扱いとなってしまう。


ピークを地形図で見ると一般的に三嶺山頂となっている三角点峰(東峰)とその西側に1,860mほどの細長い三嶺西峰が存在
する。さてこの2つ以外の第三のピークって??
視覚的には避難小屋がある1,840m辺りを第三のピークとみなしているのだ
ろうか・・・


08時30分比較的なだらかな約1,860mの三嶺西峰に至り鹿のテキサスゲートを通過する。このゲートは丸木橋の様になっ
ていて鹿が間隔のある横棒に足を取られて通れない様な構造になっている。右手にはフスベヨリ谷が鋭く落ち込んで山肌は相当ザ
レている。(青ザレ?)
ここから沢沿いに堂床・光石へ至る登山道があるが沢道は毎年大風などの大雨で痛んでいるらしい。

ここから三嶺(東峰)への急登を喘いで09時45分三嶺三角点に到着した。三嶺の呼び名は高知県では「さんれい」徳島県では
「みうね」点の記による三角点名は「みむね」となっている。


  
08時30分テキサスゲートを通過する                  フスベヨリから堂床への谷筋が眼下に広がる

  
08時37分 光石ルート分岐標識                     縦走路を振り返る  コメツツジが美しい

この山頂から避難小屋へ向かってなだらかに落ちている斜面は三嶺独自の風景を造る。瓶ヶ森の氷見二千石原とよく似た隆起準平
原って言うのだろうか。巨大な岩に支えられた平原の下部には池と赤い屋根の小屋が配置され牧歌的な旅情を登山者にもれなく提
供する。
その彼方には次郎笈と剣山、左手には矢筈山系が並ぶ。まるで剣山へ向かって進む戦艦のブリッジに居る様で私にとって
も剣山系では一番のお気に入りの場所である。


徳島県側の登山口はここから見下す避難小屋から北側の菅生(すげおい)のいやしの温泉郷と東側の名頃(なごろ)にある。誰も
居ないのでミニ三脚をセットして写真を撮るが強風に煽られてシェーが出来ない。適当な所で手を打って縦走尾根を南に下る
事にした。


   
なだらかに三嶺へ近づく                          強風でシェーポーズが出来ないぞ 


08時45分 三嶺山頂に立つ  奥に落合峠を挟んだ矢筈山系が並ぶ

  
いつ見ても惚れ惚れする剣山系超一級の風景  塔ノ丸〜丸笹山〜剣山(奥)〜次郎笈


剣山系の縦走路は綱附森で一旦南から地蔵の頭に向かって北上し、そこから東へ続く。この東へ延びる縦走尾根は三嶺でもう一度
南へ向かって緯度を下げて行く。

この時期三嶺南面の大岩がコメツツジの赤茶色に彩られて美しい。写真を撮りながら15分程急降下した所で三嶺を眺めると岩陰
から10人程のグループが現れて私に向かってしきりに手を振っている。


私は目が悪いのと、みんなカラフルな防寒着姿なので誰だかサッパリ分からない。もし知り合いなら知らんぷりをして過ぎ去るの
も失礼だ。ザックを細い登山道の斜面にデポして山頂へ上り返す。すると朝避難小屋で先行された深田さん達だった。3人は光石
へ下るだけなので避難小屋まで行き、偶然他の登山者グループと同じ集団になって上り返して来たのだった。な〜〜んだと言いな
がら再会を喜び、他のグループの男性に記念写真をお願いする。(結局後で確認するとシャッターの押し間違いで写真は撮れてい
なかった・・・残念)


4人で私がザックをデポした場所まで帰ってお別れの挨拶をして先行する事になった。別れ際に飴やら行動食を3人から頂く。特
に今回飴を持って来ていなかったので嬉しかった。
この時に下から高校生のグループが大勢引率者と共に登って来たので道を譲る。
みんな若くて元気よく挨拶が気持ちがいい。引率者の一人から「エントツ山さんですね」と声を掛けられる。恐らくネット掲示板
で私がロングトレイルをしている事を知っている方だろう。
集団の後方には他のグループも追走しており通過したあと深田さん達
にお礼を言って09時30分急坂を下る。


  
三嶺から南へ縦走路を下る                        下から眺めても結構急な傾斜


三嶺の屋台骨、南側にある岩壁はこの時期コメツツジに鮮やかに彩られる、

  
 岩とコメツツジ  向こうに剣山と次郎笈             テキサスゲート なるほど鹿はこれを歩くのに苦労するだろう


三嶺を見上げると誰かが私を呼んでいる? ザックを置いて取り敢えず山頂へ帰る

  
深田さんに又行動食の飴を頂く                      高校生の集団が下から登って来る みんな元気!


深田さ〜ん、古賀さ〜ん、石井さ〜ん お世話になりました〜

三嶺から白髪分岐までは一気に南へ進み、その後縦走路は東へ方向を変える。直ぐに大岩の左をトラバースして尾根を下ると後続
の深田さん達は見えなくなった。大岩トラバースから20分程で樹林帯に入ると前方にカヤハゲ、別名東熊山のピークが見える。



  
09時30分大岩を抜ける                          剣山へ続く長〜い尾根が続く 


   三嶺の南要塞が次第に遠くなる

     
 09時56分たカヤハゲピークへ向かう                  ピーク手前は地面がポコポコしている

カヤハゲ(東熊山) 1,720m

名前の通りススキ(カヤ)が多くなり10時00分三嶺と白髪分岐の中間点ピーク「カヤハゲ」に着いた。東熊山とも呼ばれてい
るがこれはおそらく通称カヤハゲではかわいそうなので西熊山に対して東熊山と命名されたのではなかろうか。鹿ネットの横に標識
が立っておりここから堂床まで4.0kmとある。一度このさおりが原界隈を歩いてみたいものだ。


殺伐としてアメリカ西部の砂漠の様な荒れ地を下ると10時08分又標識が現れる。ここは韮生越(にろうごえ)と言われる分岐
で堂床まで3.3kmとなっている。


泉保さんの地図ではここは名頃越とも記されているので祖谷の名頃と物部川流域の韮生野集落を繋ぐ峠だったのだろう。物部川の
上流は上韮生川と呼ばれ、韮はニラの事である。


  
高ノ瀬〜丸石〜剣山への尾根が並ぶ                  カヤハゲ(東熊山)山頂は通りすがりでシンプル過ぎる

  
まるで西部劇に出て来る砂漠の様だ 正面は白髪分岐ピーク  韮生越(名頃越)にはあっと言う間に着いた
                          ここからも堂床への登山道が延びる


白髪分岐 1,736m と 白髪避難小屋

コルに下がるとモミの木が生えているが、ほとんど鹿に皮を食べられ枯れている。ここから枯ススキや低い笹・草地の急登を上り、
更に樹林帯へ入って又白髪分岐ピークへ登って行く。



10時35分見晴らしの良いピークに石標があり恐らくここが白髪分岐のあるピークだろう。そのすぐ下側に分岐標識があり南に
続く尾根は白髪山〜古敷谷山〜口西山を経て南西に方向を変え井地山〜勘定山を抜けて大栃で物部川へと消えていく。以前マーシ
ーさんと口西山へ行った時にここで高知大学のワンゲル部と遭遇した。彼らは清掃登山をしており皆デカいザックを背負っている。
ちなみに女性部員のザックを担がせて貰ったが重くて立ち上がるのに相当力が要り驚いたものだった。

  
白髪分れのピークに向かう             もう少しで白髪分岐のターニング・ピークだ


   東熊山(カゲハヤ)と瓶ヶ森に似た三嶺の全容が見える

  
白髪の分かれから縦走尾根が東に進む      ここから白髪避難小屋に向かって左に下りる 左奥に石立山  

縦走尾根はここから東へと延びるので一旦白髪避難小屋へと下る事になる。東へターンすると長い縦走尾根の向こうに目指す次郎
笈と剣山のセットが待ち構えていた。


10時45分懐かしい白髪避難小屋に入り今日初めての休憩と深田さん達から頂いたくるみパン等の行動食を摂る。朝古賀さんか
ら余った水を貰ったのでここの水場で補給する必要が無い。白髪避難小屋は先に述べたがマーシーさんと石立山からここまで歩き、
一泊した後に口西山から源氏ヶ森へ周回した懐かしい場所だ。


小屋で休憩していると高知の単独登山者と徳島の縦走登山者が入って来たので少し山の話を交わす。高知の若者が山の魅力に憑り
つかれているのか熱く語るので話を切り上げにくくて25分程長居をしてしまった。


  
さてここからはひたすら東へ向かって歩く               10時45分白髪避難小屋で休憩する

  
 白髪避難小屋で深田さん達から頂いた行動食を頂く        避難小屋の東側にはテン場があった


懐かしい石丸夫婦の「石鎚・剣ガイドサービス」ツアーに遭遇!!

白髪避難小屋を出ると整地をされ4張り程可能なテン場が作られている。鹿の食害で立木が枯れ、笹の先が無い縦走路をトボトボ
と歩く。ザックを土佐岩原でオスプレー・アトモス65から軽量のオスプレー・エクソス58に変えてから左の脇腹に違和感があ
る。ザックのせいかと思っていたが、どうも何日も発汗〜水補給を繰り返して胃腸に変調をきたしている様だ。背中を伸ばしたり
逆に背中を丸めたりして気分を変えながら歩く。

先に平和丸と呼ばれている1700.92m三角点「菅生」(すげおい)のピークが迫り足元だけを見ながら歩いているといきな
り人の足が目の前に現れた。「どうもすみません」と慌てて顔を上げると浄瑠璃人形の様な人懐っこい笑顔があった。え?もしか
して・・・ 
すると「今日会えると思っていたんですよ!」と言いながら握手をしてくる。お〜〜〜石鎚・剣ガイドサービスの石丸隆(りゅう)
ちゃんだった。「町子〜 エントツ山さんやで」と呼ぶと中ほどにいたおしゃべり町子が手を振る。今日はハードな歩きかおしゃ
べり相手の和田さんがいないのか物凄く静かだったので前から集団が歩いている事に気が付かなかった。


「あの時のメンバーがほぼ揃っているよ」と石丸さんがいい指差すと長老・山口さん、宇宙人・大森さん、ペースメーカー川本さ
ん、それに義兄弟の契りを結んだ軍曹・宮内さんも居る〜〜! 抱き合って再会を喜ぶ
去年石丸ガイドと一緒に裏銀座縦走で素
晴らしい経験をさせて貰った仲間達だ。何でも分水嶺歩きをしているとの事で他にも大勢の登山者を引き連れている。ツアー全体
に迷惑をかけてはいけないので記念写真を撮って名残惜しいが別れを告げる。


  
  振り返ると白髪山の端正な形が見える               物部川〜別府峡への谷間が右手に刻まれる

  
鹿防護ネットに巻かれた木                        おっと どうもすみません  あれ? どこかでみたとぼけ顔?


イエ〜〜ィ 石鎚剣山ガイドサービスの石丸隊やんか〜〜 懐かしい裏銀座ツアー仲間も居るぞ


 又 独りぼっちになっちゃった   おっ 振り返ると正面の吊り尾根の間に天狗塚〜地蔵の頭が見える


余りにも突然で懐かしい出会いに興奮して平和丸と呼ばれる三等三角点「菅生」を見過ごしてしまった。そのピークを過ぎると白
っぽい岩が尾根に現れる様になり荒れた細尾根となるがルートは鮮明で登山道は歩き易い。
12時15分次のピークに差し掛かる
と登山道の横に「山」と刻まれた石標が立っていた。


振り返ると三嶺はもう穏やかな形をしており、その向こうに西熊山から地蔵ノ頭、天狗塚が見送ってくれていた。正面には同じ様
な標高を保った白い石を乗せた尾根が続き、丸石あたりで標高を上げ、更にその向こうに次郎と太郎が一段と高い所から見下して
いた。
最初岩尾根の右手をトラバースしていた登山道は12時30分になると稜線へ出て岩の間を縫って歩く事になる。

厳しそうな岩尾根になると又右手にトラバースして岩尾根地帯を抜ける。
すると左手が樹林帯になった細尾根の上りになりオオヤ
マレンゲ群落の大きな立て看板と同時に鹿防護ネットが現れる。


  
左手に樹林帯を持ったピークを越えて高ノ瀬へと進む        岩が登山道に転がっている

  
12時16分山と刻まれた石標の平原を歩く              振り返ると三嶺が遠のいて行く

  
石立山への尾根が右手に伸びている                  尾根筋に白っぽい岩が並ぶ


振り返ると天狗塚から西熊山〜三嶺〜東熊山〜白髪分岐ピークのジグザグ縦走ルートが見える

12時53分ピークに着くと三好市教育委員会のコンクリート柱の横に石標があり、ここが地形上の石立分岐ですなわちここから
高知県との県境とはお別れとなる。少しピークから下った所に登山道分岐標識があり中東山へ2.2km、石立山へ6.2kmと
なっている。高ノ瀬までは1.0kmだが次のピークまでは遠く感じる。


  
オオヤマレンゲの自生区標識と鹿防御ネットが現れる       12時55分 石立分岐を通過


ゴールは近い 正面の高ノ瀬ピークから丸石〜次郎笈〜剣山を眺める

高ノ瀬  三等三角点「高ノ瀬」 1,740.96m

分岐から10分程でオオヤマレンゲの鹿ネットは北側へ下りて行き「天然記念物境界」の石柱が立っている。ここのオオヤマレン
ゲの花は未だ見たことがないので次回の楽しみにしておこう。


13時25分やっと高ノ瀬のピークに着く。大きなカメラを抱えた登山者がおり紅葉を撮りに来たのだがもう終わっていますと残
念そうに話していた。三嶺方面から来た私に白髪避難小屋の水場を心配していたので恐らく大丈夫だと答える。


9月13日に伊勢の岩屋・水場チェックに来た時には無かった新しい山頂標識が立てられている。ところが三角点がいくら探して
も見つからない。くだんの男性もスマホで確認している様だ。すると何と、三角点の周りに石を積み上げてその真ん中に山頂標識
を立てているのだ。これでは山頂標識ではなく山頂非常識やんかいさ。さすがに人がその場に居たので石を取り払って標識をどけ
る訳にもいかずそのまま立ち去る。


高ノ瀬の下りは急で岩などもありワイルドでロープ(テープ)等も置かれている。15分程下って伊勢の岩屋(水場)分岐までく
れば道は穏やかになる。


  
オオヤマレンゲの天然記念物境界杭が立っていた          なだらかな尾根を次郎笈へ向かって進む


13時25分 高ノ瀬山頂に着く 三等三角点「高ノ瀬」の上に石を積んで標識を立てていた 大切にしよう三角点


丸石避難小屋でロメオの呟き 進むべきか・・留まるべきか それが問題だ〜

14時15分奥祖谷かずら橋分岐標識を右にターンして丸石避難小屋に着く。何と中途半端な時間だ事。残りの距離は剣山まで後
4.6kmで多少暗くなっても今日中に縦走を終わらせる事が出来る。だが見ノ越からのバスは明日11時しかない。このまま歩
いて強風の中ビバークするか、それとも避難小屋で一泊して明日明るいゴールを味わうか・・・


迷っている内うに時間が過ぎて結局、丸石避難小屋で泊まる事にした。

そうと決まれば時間はたっぷりある。小屋にザックを下ろして濡れたグランドシートや銀マットを外で太陽を当てる。風は相変わ
らず強いが林の中なので石や枯れ木で重しにする。
小屋の中は湿っぽくて怪しい印象だったが、入ってみると案外綺麗だった。

夕方までに時間つぶしに登山道から30m離れた傾斜に穴を掘る。いくらなんでもそんなに便秘が続かないと読んでお迎えが突然
やって来た時の用意だ。土や枯草も沢山集めて十分用意する。
もうやる事も無いのでシートを取り入れ床に敷き、残りの食糧を全
て出して縦走最後の夕食準備にとりかかる。


石鎚山系ではハードな歩きで水の使用量は半端じゃなかったが、剣山系に入ってからは縦走が楽なのと気温がグンと下がったので
水の使用量はガクンと落ちた。


メインディシュは深田さんに頂いたワンタンだ。作り方を読むと先ずホーレンソウを茹でて・・・ え?そんなもん入って無いよ
〜。取り敢えずお湯を沸かしてワンタンを投入、それに具だくさんの味噌汁の具とトマトとチーズのリゾットを加えて、ついで
にトン汁も入れちゃえ〜〜 奇妙なカオスをバーナーの上でかき回す。飢餓状態の体は何でも喜んで受け入れ打ち上げ前夜祭パー
ティは寂しく終了した。そう・・・昨夜のお亀避難小屋の賑やかさを体験した今この丸石避難小屋はいかにも寂しいのだ。


  
高ノ瀬からの下りはワイルドだ                  伊勢の水場分岐  水場には15分程ザレたトラバース道がある

  
高ノ瀬を下りると又穏やかな尾根道となる               14時15分 丸石分岐のコーナーを右に曲がる

  
14時20分 丸石避難小屋に到着                   グランドシートと銀マットを乾かす


縦走時のトイレ論

外が明るいので小屋を出ると満月でもないのに月の光が異様に明るく森の中を幻想的に照らす。ヘッドランプを使わなくても十分
に歩ける明るさに驚く。登山道から大きく外れた場所へ下りておしっこをする。
よく登山口のトイレで用を足しましょうとか言わ
れるが生理現象に理性的な計画性は通用しない。ましてや縦走中だと避難小屋ですらトイレなど無い所が多い。


富士山や屋久島など世界遺産の山や石鎚、剣山の様な登山者の多い人気の山はバイオトイレなどが近年設置されてくる様になった。
そんな登山者が物凄く多い山では携帯トイレの活用が呼びかけられている。私も屋久島には携帯トイレを持って行った。(結局使
う場面が無かったが・・)


基本的に人間の排泄物は有機物なので大地の中で比較的短期間に自然分解するもの。「くう・ねる・のぐそ」の著者伊沢正名氏の
様に積極的に野糞を奨励する人もいる。まあ人間は感情や感性に生きる動物だからそこまで極論しなくてもと思う。


但し排泄物の供給量が分解量を大幅に上回る場所ではバイオトイレや携帯トイレの利用が必要となる。逆に我々の様なあまり人も
歩いていない山域まで携帯トイレを持って行けと言うのは現実的にナンセンスな事だと思う。


しかし小屋の近くで用を足すのは絶対ご法度である。先月水場チェックの時にこの丸石避難小屋に来ると入口に汚物が置かれてい
た。実に気分が悪く大き目の木の皮を拾って片付けた。山仲間にこの「気分を悪く」させる行為はマナー違反となり、避難小屋や
登山道から遠く離れた場所で用を足すのが登山者のエチケットだ。
まあ山で便秘症になる私が声高に論ずる事もない証拠に昼間斜
面に穴を掘って用意した簡易トイレは結局使わずじまいだった。


  
縦走最後の夕陽が沈んでしまった                   やはり避難小屋の方がテントよりゆったりと出来る


昼間の様な森を歩き、又小屋に入って寝袋に潜り込む。



いよいよ縦走最終日 第13日目(10月26日) 約5時間行動

丸石避難小屋−丸石−次郎笈―次郎笈トラバース路水場−剣山−見ノ越

直線距離:7.361km   沿面距離:7.651km 塁系標高差:1,654m


カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図 丸石避難小屋〜剣山

さて、いよいよ縦走完結の日となった。04時30分頃目を覚ますと夜中に明るく照らしていたお月様はもう西に沈んでしまった様
で残念だ。見ノ越発のバスは11時00分とその次は15時10分の2便のみで土佐岩原までの所要時間を考えると何とか午前中の
バスに乗りたい。


丸石  三等三角点「丸石」 1,683.97m

荷物を次々ザックに放り込み服を大目に着込んで床を掃除して出発準備をする。ヘッドランプ頼りであるが先月昼間歩いて特に難し
いルートでは無かったので05時20分小屋を出る。ライトを右へ左へと振りながら登山道を確認し林の中を進む。


05時40分丸石手前にあるピークに出ると東の空が茜色に染まって、その灯りを借りた山際が天空の下に黒いシルエットを刻む。
正面のデカい山塊が次郎笈の形をしており、太陽の出る兆しを現すオレンジはその右手に続く新九郎山への稜線にある。


ススキが強風に揺れる登山道を少し北に進むと05時48分丸石山頂標識に到着する。山頂標識がなければ丸石だと気付かない様な
地味なピークだが、ここからいよいよ次郎笈と剣山を正面に見据えた縦走のフィナーレ花道だ。


06時頃右手に剣山スーパー林道へ下りる薄い踏み跡があるが暗くて写真には写らなかった。しばらく進むと標識が立っており次郎
笈1.5km 剣山3.4kmとある。そこからも暫く笹原に加えて岩、灌木の上り坂が続く。


  
樹林帯を抜けると稜線が赤い                       次郎笈と剣山のシルエットロマンス

  
05時」48分 丸石に到着  辺りは未だ暗い             ライトに照らされる登山道を追う

  
丸石を振り返る                                石立山に朝陽が当たりだす

  
  矢筈山から黒笠山まで                   あのデベソは津志嶽か? では左の常念岳みたいなのは?みねこし?

  
三嶺にも朝日が延びてきた                        06時50分 次郎笈の肩にやって来る


次郎笈(じろうぎゅう)  四等三角点「次郎笈」 1,930.01m

06時33分次郎笈の肩に上がると三嶺からの剣山系の縦走路が陽に照らされている。右手には矢筈山系が全て並んで山の歌を唄っ
ている様だ。
06時50分いよいよ次郎笈の直下に来るとあと400mの標識があった。山の400mは曲者で特に上りの場合なか
なかの距離となる。

すぐにトラバース道の分岐標識があり左230mに水場有りとされている。ここは真っ直ぐに次郎笈の山頂を目指す。ロープの設置
された荒れ気味の急登や岩場をかわして登山道が続き07時20分やっと次郎笈の山頂に至る。


風が強く寒いが晴天で縦走路が眺められるのですごく気持ちが良い。剣山まで行ってしまうと西側の縦走路が見えなくなるのでここ
でゆっくりと縦走路をしみじみと眺めやる。


次郎笈(じろうぎゅう)とはヘンテコリンな山名だが長男・剣山の「太郎」に対して標高で一歩譲る次男の「次郎」、そして「
(きゅう・おい)とは修験者などが仏具や衣料などを入れて背負った箱型のザックみたいなもので、やはり修験者の霊山「剣山」の
隣に座す箱型の形をした山と言う事だろうか。



剣山から眺める次郎笈は上品で扇の様な優美な形をしている。しかしその分剣山の様な重厚さに乏しく薄っぺらい感じがするが、南
西部の中東山(なかひがしやま)から見る次郎笈の突き上げるような山容は迫力満点である。


この時まで大事に持って来た野菜ジュースで今回の石鎚・剣山縦走の成功を乾杯する。我ながら良く歩いたものだ。25分ほど次郎
笈に滞在して最終目的地・剣山へと向かう。単独女性が下から来られたので途中で挨拶を交わしトラバース分岐からついでに水場を
訪れる事にした。今回のロングトレイルでは沢山の水場にお世話になった。縦走最後の地となる次郎笈北面にある水場を確認したく
なったのだ。08時20分沢部に着くと水場特有の地中から現れたパイプから豊かな水が流れ出ている。今回の縦走中、晴天が続き
あちこちの水場が厳しい状況だたが、樹林帯も上部に無いこの山から水が湧き出て来るのが不思議な気がした。



矢筈山系に陽が当たり 寒峰〜烏帽子〜矢筈山〜膳棚〜黒笠山〜みねこし〜津志嶽が並ぶ

  
 石立山から高ノ瀬への尾根も光を浴びる               06時52分トラバース・水場分岐を通過

  
次郎笈の縦走路にはロープが設置されていた            朝の光が高度感を助長する

  
 物部川の源流部になる谷筋                      最終ゴールの剣山


07時20分 次郎笈 1,930.01mに到着〜〜

  
四等三角点「次郎笈」                            縦走して来た長〜い旅路を見渡しながら野菜ジュースで乾杯


いや〜〜 あの石鎚から13日間もかけてよう歩いたもんや 

  
            石鎚山              瓶ヶ森              笹ヶ峰  チチ山             沓掛山


剣山  一等三角点「剣山」 1,954.95m

何となく次郎笈の水場に納得してトラバース道を剣山へと向かう。いままで何回も歩いた剣山への上りであるがこんなに急だったの
かと改めて思い知る。


09時20分縦走終着駅となる剣山の山頂に着く。縦走終了の感激は既に次郎笈で使い果たしていたので特に感慨は無い。大阪から
来た若者が山頂にやってきたのでお互い記念写真を撮り合う。この若者は翌日石鎚山へ行くと言うので石鎚について暫く話し合う。


剣山は昨日の様な強風ではなかったが、そこそこの冷たい風が吹き月曜日でもあり登山者は少なかった。山頂のバイオトイレを見学
の後、大剣神社へと向かう。09時50分大剣神社で参拝をしていると近くにおられた高知のご夫婦から「先ほど一緒に登ってきた
人が、今日石鎚から剣山まで縦走して到着する登山者がいるって見に来てたです」と言われた。う〜〜ん ひょっとしたら小屋の食
堂への石段で下からカメラを構えておられた方かな?どうせなら声をかけてくれたら良かったのに・・・早めに到着してしまい申し
訳ない気持ちになる。


西島駅から予定通りリフトに乗って下る。これは石鎚でロープウェイを使ったから剣山ではリフトを利用すると決めていた。10時
20分見ノ越について時間があるので茶店で抹茶ソフトクリームを勢いで買ってしまったが、寒くて選択失敗だった。



07時50分 縦走ゴールの剣山へ進む

  
次郎笈峠付近の北トラバース路を水場へ寄る           樹林帯の少ない次郎笈から水が涸れずに出ていた

  
縦走路に帰って剣山へ向かう                      ここにも鹿防止ネットが張られている


          次郎笈の美しい姿を眺める


   バンザ〜〜イ ちょっと痩せたけど13日間歩き続けて石鎚〜剣山縦走を無事完結する

  
剣山の山頂は広くて気持ちがいい 木道を下山口へと進む     今年完成したバイオトイレ 

  
山頂直下にある剱山本宮宝蔵石神社(四国太郎山忌部修験)     中腹にある大剱神社


         大剱神社付近から次郎笈を見る

  
剣山リフトを使って下山する                        見ノ越でソフトクリームを買ったが・・・寒い〜〜〜

土佐岩原へ帰る

11時00分町営バスで久保まで1,350円で行く。そこで30分程渓流釣りが趣味の運転手と世間話をしながら時間待ちの後四
国交通のバスに乗り換えて1,240円でJR大歩危駅へ出る。一般利用者が少ないので結構割高な料金だ。


大歩危駅では中国人の観光者が数人特急列車を待っていた。こちらは鈍行・ワンマン電車240円で14時19分トンネルばかりの
線路を10分程走って土佐岩原駅に帰り着く。


駅では線路の上を渡る陸橋の補修工事が行われており、ペンキ塗りの作業員に挨拶をしながら車に帰ると作業の親方が頭を下げなが
らやって来た。「すみません 陸橋のペンキをグラインダーで削ったのですが風が強くてお宅の車を汚してしまいました」と平身低
頭である。
見るとボンネットや天井が赤ペンキの鉄くずで装飾されている。「これって水洗いすれば除きますよね?」と聞くと「そ
れは大丈夫です」と言う。

ダッシュボードに置いた縦走中の書置きを見て「一体どこを歩いておられたのですか?」と問うので「石鎚からここまで歩いて来て、
又ここから剣山まで歩いてバスと電車で帰ってきました」と得意げに話を聞いて貰い、車の汚れの件は帳消しとなった。ちなみに車
の赤ペンキは翌日の雨でほぼ飛んでしまった。


  
見ノ越のバス停で11時発の三好市のバスを待つ       少し大き目のマイクロバス 地域のサービスに貢献している様だ

  
久保で30分以上待って次の民営バスに乗り換える         JR大歩危駅

  
  ワンマン電車で乗客は私だけだった                 14時30分 土佐岩原に帰って来る

  
土佐岩原駅前にデポしていたラッシュに乗り橋を渡る        取り敢えず大歩危温泉にドボ〜〜ン ああぁ〜〜気持ちいい〜〜


単独無支援「石鎚・剣山縦走」を終えて

2015年(平成27年)10月、65歳の定年退職を機に四国で山歩きを始めた時から漠然として抱き続けていた石鎚〜剣山
縦走を実行に移してそれを成し遂げる事が出来た。
数年前から少しづつ土地勘や水場などそれなりの準備をして来たので勝算はかなり有ったが、それでも天候に恵まれて紅葉が美し
い時期に快適な四国の山の縦走を楽しむ事が出来た。

一応、単独無支援と言う事にこだわり一人で計画を立て、一人で準備をし、一人で歩き、一人で帰って来た。これはあくまでこの
縦走形態の事であり、ここに至るにはマーシーさんやペーコちゃんという最高の山仲間と四国のバリエーションルートを一緒に歩
きその経験や実践の上に「やれる」という自信に繋がった事が大きい。又山のHPを通じて共に歩んで来たしまなみ隊を始めとす
る多くの山仲間や掲示板仲間によって私の山に対するモチベーションが維持できた事も大きい。
この縦走にあたってはルート全体をカバーしてくれた泉保安夫さんの「イメージをトレースする山歩き地図1&2」で正にこれを
何度も眺めながら石鎚〜剣山縦走をイメージしてそれをトレースする事が出来た。

そういう訳で単独無支援というのをキャッチフレーズにしたのだが、祖先から授かった体力や楽天的な気質なども含めて多くの人
からの支援の上に成し遂げる事が出来たと自覚している。特にこの縦走成功を喜んでくれたペーコちゃんが縦走記を作成中に急逝
した。友の冥福を祈ると共に感謝を込めてこの山行記を捧げたい。

平成28年2月  エントツ山


石鎚ー剣山 単独無支援縦走の概要は             ここ  

第一章 石鎚〜大田尾越(第一ベースキャンプ)は ここ 

第二章 大田尾越〜土佐岩原は          ここ



    
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