奥秩父の百名山 大弛峠をベースにした金峰山・瑞牆山・甲武信ヶ岳の三座遠征記
カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図 大弛峠を起点に金峰山、瑞牆山と甲武信ヶ岳
四国に住んでいると日本アルプスは良く遠征に行って土地勘があるが、関東地方に近い山となるとサッパリである。去年から伊予の
鈍亀さんと計画していた奥秩父縦走は天候の関係で急きょ雨飾山、妙高山、火打山に変更した。その仕切り直しで今年は、奥秩父山
脈の大弛峠(おおだるみとうげ)に車を置いて、東西に分けての縦走を計画する。
奥秩父山脈は広義には関東山地に含まれる様だが、この辺りは丹沢とか奥多摩とか山々がひしめいており、山塊の名称や区切りが難
しい様だ。
「大弛峠」(おおだるみとうげ)は標高2,360m、自動車道での日本最高点にある峠で、西側へ朝日岳〜鉄山〜金峰山〜大日岩
〜富士見平〜瑞牆山、東側へは国師ヶ岳、北奥千丈岳〜甲武信ヶ岳の登山基地となっている。
この大弛峠のすぐ近くには大弛小屋があり、車中泊やテント泊が苦手な人は素泊まり5千円で泊まる事も可能だ。ちなみにテン場使
用料金は一人800円を小屋に支払う。峠にはトイレもあるので車中泊が妥当かな。
大弛峠へのアクセスは「川上牧丘林道」を利用するが、南の山梨県側からは快適な舗装道路が峠まで延びている。北の長野県側は
ダートな未舗装道路でお勧め出来ない。
今回、伊予の鈍亀さんも絶対に長野県側からは行ったらイカン!と言いながらカーナビに導かれてまんまと長野県側から入ってし
まった。四駆でなければ走れないトホホな悪路を鈍亀車=トヨタ・ハイラックスサーフで揺られながら登山前日、峠に着いた。
伊予の鈍亀さん達は車中泊、私はテント泊(ファイントラック カミナドーム2)で翌日に備える。
ダートな長野県川上村方面からの林道 大弛峠手前で国師ヶ岳が見える
林道の途中で出会ったシラカバ林に目を奪われる
標高2,360mの大弛峠に着く 山梨県側は舗装されている ファイントラックのカミナドーム2を張る
第1日目と2日目:大弛峠から金峰山と瑞牆山をピストンする
カシミールソフトを使ったGPSトラックログ図(伊予の鈍亀さん提供) 大弛峠から金峰山〜瑞牆山をピストンする
第一日目 令和元年(2019年)10月5日
大弛峠〜朝日岳〜金峰山〜富士見平小屋泊 (約 9時間10分)
06時25分大弛峠の西側にある金峰山登山口を入る。いきなり標高差100mのシラビソ林急登を喘ぐ事になった。四国では
見ないシラビソが立ち並ぶ風景は美しく、遠征初日は気合も入っているので爽快な気分だ。伊予の鈍亀さんの印象だと八ヶ岳の
風景と良く似ていると言う。
大弛峠の金峰山登山口 峠から金峰山へ行く登山者もいる様だ
シラビソの林の中に続く登山道
一旦尾根ピークに上がって少し進むと、07時13分大型ケルンが積まれたコル部「朝日峠」に着く。ここから朝日岳までなだ
らかな上り坂となり、左手が切れ落ちているので樹木が少ない所では富士山が姿を見せる。この先、富士山は飽きる程眺める事
になるのだが、やはりお初の富士山出現は格別で見晴しの良い場所から写真を撮る。
07時13分 朝日峠には石を積み上げたケルンがあった 左手の枯れ木越しに富士山が見える
「朝日岳」 2,579m
シラビソや時々現れる広葉樹の紅葉を眺めながら進むと07時50分岩場に出て形の良い富士山や南アルプスが左手奥に並んでい
る。この辺りの見晴しが良い岩場は「大ナギ」と呼ばれている。大弛峠方面を振り返ると奥秩父の稜線ピークが見えるが国師ヶ岳
や北奥千丈岳あたりだろう。この岩展望所「大ナギ」には結構な数の登山者が富士山を眺めながら休憩をしていた。薙(なぎ)に
は山が崩れた後、平らになりつつある状態の場所をさす意味があるので、岩場で平らな場所をそう呼んだのかも知れない。
大ナギの岩場に出ると富士山がバッチリ見える 大ナギの岩場には沢山の登山者が休憩していた
形の良い富士山を眺める
左手前方には南アルプスが並ぶ 赤石岳、悪沢岳、塩見岳、間ノ岳、北岳 仙丈ヶ岳 甲斐駒ケ岳
振り返ると国師ヶ岳と奥千丈ヶ岳 平均年齢70歳コンビ
立ち枯れが目立つ細尾根を南アルプスの同定をしながら進むと08時30分「朝日岳」の山頂標識と出合う。朝日岳の西側は切れ
落ちており、その為にこれから進む金峰山方面が見えて来る。四国で言うならば高城山のレーダードームの様に金峰山の方丈石が
同定に寄与している。その背後には甲斐駒岳〜仙丈岳〜北岳の南アルプスが並ぶ。思えば遠くに来たもんだ。
大ナギから樹林帯に入る 08時30分 朝日岳に着く
手前のピークが鉄(くろがね)山 、右が金峯山と方丈石、 奥中央に農鳥岳、間ノ岳、北岳、 奥右手に仙丈岳と甲斐駒ヶ岳
朝日岳から一気に崖の様なガレ場を下ると尾根は又穏やかな様相に変わる。特に暗い針葉樹林帯に入る前に広葉樹の紅葉を楽しん
だ。シラビソ等の針葉樹林帯は密に樹木が生えているが、足元は土壌が少なく痩せている。こんな場所に適応した植物があるのに
驚く。
朝日岳からは急なガレ場を下る 針葉樹林帯の中で数少ない広葉樹の紅葉を楽しむ
金峰山とその先に突き出た方丈石
「鉄山(くろがねやま)」 2,531m
09時00分登山道が尾根道をトラバースして右手に進む。地図を見ると、この尾根沿いを進めば「鉄山」(くろがねやま)があ
る。薄い踏み跡の尾根を辿ると時々ナナカマドやダケカンバが現われて気を紛らわせてくれる。山頂部はシャクナゲに覆われた薄
暗い場所だったが樅の木に山頂標識が掛けられていた。下山方面の尾根が地形的にはっきりしておらず、踏み跡も非常に薄くなる
が、右へ行けば登山道に合流する筈なので気楽だ。すると右手から登山者がトラバース道を歩いているのに出くわした。
鉄山を過ぎると金峰山の肩部までなだらかな上りの樹林帯傾斜が続く。前から黒づくめの若者が4人下りて来た。亀吉さんによる
と早朝、大弛峠を暗い内から金峰山に向かった若者達だと言う。丁度ラグビーで盛り上がった時期だったので「オールブラックス
じゃん」と声をかけるとそれがウケて少し話し込む。山で会う若者は大体が気持ちの良い好青年が多い。
トラバースから外れて尾根道に鉄山の標識があった 踏み跡がある鉄山への尾根を上がる
広葉樹の葉が光る 09時12分 鉄山(くろがねやま)に着く
鉄山からシャクナゲの藪を分けてトラバース道へと下る オールブラックスの若者たち
金峰山
09時55分金峰山の右肩に近づくと樹林が無くなって回りが開けて来た。奥秩父の山は標高がそんなに高く無いのでほぼ樹林に
覆われているが、森林限界を超える風景はこの金峰山付近だけとなる。樹が生えないのは強風と花崗岩の地質土壌が関係している
のかも知れない。花崗岩が風化した砂の平らな地形に石や岩が転がっているのでこの辺りは「賽ノ河原」と呼ばれている。
金峯山の肩が近づくと森林限界を超える 肩付近は岩がゴロゴロして賽ノ河原と呼ばれる
金峰山の肩部から東側を眺める
金峰山の肩部から北西部を眺める
正面には瑞牆山の岩峰群が見えて、その奥には八ヶ岳が並ぶ。尾根は左手の金峰山ピークに向かって岩と低木黄葉樹の間をなだら
かに上っていく。コケモモの赤い実が鮮やかだ。左手に富士山を見ながら岩峰のピークを越えると10時25分山頂標識が立って
登山者の記念撮影で賑わう岩場に着く。三等三角点「金峯」も近くにある。既に伊予の鈍亀さんが山頂標識の前で写真を撮り合っ
ていた。
東の肩部から金峰山へと進む
コケモモの赤が嬉しい 当然富士山はずっと付いて来る
10時30分 金峰山に着く ちょっと下にある山頂標識でもう記念写真を撮っている
金峰山から翌日登る瑞牆山を眺める
日本百名山「金峰山」 ゲット〜〜 三等三角点「金峯」 2,595・21m
金峰山のシンボル 「方丈石」
金峰山の山岳宗教はこの方丈石の存在が大きな意味を持つ。古くから山岳宗教は磐座(いわくら)、つまり神事に於いてここに神
を降臨させる場所を必要とした。これが神秘的な大岩があれば尚良い。この方丈石はまさに磐座としてジャストミートだったのだ
ろう。言い伝えによれば修験道の開祖・役行者が吉野・金峰山(きんぷせん)からそのシンボルである蔵王権現を勧請したと言う。
怪しい話だが、全国の修験者が往来した山にはこんな言い伝えは結構ある。
奈良の金峰山(きんぷせん)から蔵王権現を分祀されたのは室町時代と言われているが、肝心の蔵王権現は付近には見当たらなか
った。古くは「金丸山」(かなまるやま)とも呼ばれていた様だ。五丈石の左手にある小高い岩の基部に祠があり、御嶽山・金櫻
神社本宮(みたけさん・かなざくらじんじゃ)のお札が掛っている。御嶽(御岳)みたけは麓の地区名で修験道基地になった金櫻
神社があり、その本宮が方丈石のご神体とされたらしい。
金峰山の花崗岩は南アルプス・甲斐駒や北アルプス・燕岳の様に風化してザラザラになった砂や岩の山容と違って、比較的四角い
節理が残っており、中央アルプスの空木岳に近い。南アルプスの鳳凰三山にある聖地・地蔵岳は風化して尖っているのでオベリス
クとも呼ばれているが、この方丈石は節理がしっかり残っているので四角い積み木の様な形を保っている。。
亀吉さんと岩の途中まで這い上がったり、左側にある祠を見たりして遊んだ後、11時00分方丈石の右手から尾根を下って行く。
今日の宿泊地になる富士見平は樹林帯の中で見えないが、長い下り尾根には突き出た岩峰が幾重にも突出している。このフカヒレ
みたいな岩峰はそれぞれが立派で名前が付けられているのかも知れない。
方丈石の左手に回り込むと石塔がある 神燈の元には御嶽山・金櫻神社本宮のお札が置かれている
老人はこの辺りまでにしとこうや 方丈石の右手から尾根を下る
11時00分 尖った岩尾根ピークが重なる登山道を下る
方丈石と金峰山を振り返る
千代ノ吹上 (絶壁)
11時50分2つ目の円筒型岩峰の右手を巻いて下ると「金峰山小屋分岐」の標識がある。金峰山の南側斜面の森の中に山小屋の
屋根が見える。この分岐から少し下ると左手が切れ落ちた断崖絶壁の岩場がある。地図を見るとこの場所は「千代ノ吹上」と名付
けられている様だ。
伝説によるとその昔、山梨県側に大工の夫婦が住んでいて、奥さんの名前が千代と言った。夫婦共信仰心が篤く当時女人禁制であ
った蔵王権現が祀られている金峰山に村の反対を押し切って一緒に登った所、この断崖絶壁でお千代さんが滑落してしまった。
大工は神の祟りと恐れて山頂で7日間断食をして許しを乞うて祈ったらしい。すると谷から吹き上げる強風に乗ってお千代さんが
無事吹き上がってきたと言う。ホンマかいな〜? その伝説が元でこの断崖絶壁を「千代の吹上」と呼ばれる様になったらしい。
眉唾だが面白い地名の謂れだ。
岩を下る場所には鎖場などもあり、岩峰を回り込むと岩の割れ目から金峰山が眺めらる事が出来た。「千代ノ覗き窓」と名付けよう。
下っても次のフカヒレが待っている 富士山にはいい雲がかかっている
柔らかい形の岩峰が並ぶ 左手は崖なので岩峰は右手をトラバース
11時58分金峰山小屋分岐を通過する 前方に左手が切れ落ちた「千代ノ吹上」が現れた
ここで落ちればお千代さんみたいに大風では吹き上がってこれない 千代ノ吹上 断崖絶壁
尾根から突き出した岩峰の「千代ノ覗き窓」(仮称)から千代ノ吹上と金峰山を眺める
砂払いノ頭
12時30分前方にニョキっと岩が突き出た岩峰があり「砂払いノ頭」の標識が立っていた。ここから尾根が右下に樹林帯が下っ
て行く場所だ。昭文社の地図を確認すると「砂払いノ頭」はもう少し先にある2,317mピークとなっている。まあ、四国の山
であればこんな違いは突っ込んで調べる所だが、人様の山でそう検索することもあるまい。標識には大日岩まで40分とある。
その後、岩っぽい樹林帯の下り坂がずっと続くき、12時55分地図にある2,317mピークを通過する(これが地図上の砂払
いノ頭」の場所)して又グッと尾根が下がり続ける。余りにも下り坂が続くので翌日の帰りが心配になって来た。
尾根が次第に下がって樹林帯が近くなる 12時30分 亀の頭と鈍亀さん (砂払いの頭標識部)
岩の樹林帯をドンドン下る 12時55分 2,317mピーク付近を通過(標識は無い)
大日岩
登山道が水浸しになったコル部を抜けると13時35分「八丁平分岐」に着いた。ここから県境尾根をまっすぐ進むと八丁平・小
川山へ向かう。富士見平へはここから左手に下るのだが、その前に少し先の県境尾根筋にある「大日岩」を見に行く。
一見登れそうにない大岩だが、まあこんな場所は近づくとルートがあるものだ。屋久島の永田岳や黒味岳を思い出しながら裏手に
回り込んで花崗岩の天辺まで這い上がる。途中の岩場からは下って来た金峰山やそれまでの尾根が見えるが、長野県側から見る金
峰山の尾根は緑一色で荒々しさは無い。
正面を刻む谷は千曲川水系で金峰山川〜西股沢〜砂洗川の源流地となっている。。
それにしても急な下り坂だ コル部の平坦地には水が溜まっていた
13時35分 八丁坂分岐に着く 尾根沿い(八丁坂方面)に進むと大日岳が現れる
金峰山から流れ出る千曲川源流地の砂洗川の谷と金峰山を眺めながら大日岩を這い上がる
大岩の下を潜って回り込む 最後は裏手から岩上に上がる
明日上る瑞牆山が良く見える 右奥は県境にある小川山だろう
どこでも高い場所が好きヤンの高齢者コンビ 高〜い天国行きが希望だ
14時10分「八丁平分岐」まで帰って、大日岩の左手を下って行く。登山道に沿って右手には大日岩の裾が絶壁となって競り上
がり、登山道には岩場を下る鎖場もある。この辺りの岩急傾斜を「縦八丁」と呼ばれているそうだ。
14時40分広場に出ると、左手下に大日小屋が見えた。ここは谷筋になっており富士川水系の釜無川〜塩川〜本谷川〜金山沢の
源頭部で水場があるらしい。この小屋や水場にはお世話になる事が無いのでスキップする。しばらく進むと左手の鷹見岩へ行く分岐
標識があったが、先ほど大日岩へ行ったばかりなのでこれもスキップする。
無いのだが、長い行程に魔が差したのだろう。スキップしながら進む登山道は右手の飯森山を回り込んで、その西尾根に沿って富士
見平へと下って行く。
右手から大日岩が登山道まで延びて来る 登山道から見上げる大日岩の絶壁
岩場には鎖が置かれている 奥のピークは鷹見岩か? 数か所鎖場があった
14時38分 広場に下り着く (大日小屋のテン場だろう) 左手、ダケカンバの下に大日小屋(無人)が見える
14時56分 鷹見岩分岐を通過 飯森山の左手をトラバースして西側の尾根に出る
15時35分山小屋の屋根が見えて富士見平小屋に着いた。伊予の鈍亀さん達は小屋泊りの手続き、私はテン場の手続きをする。
ここのテン場料金、千円を払って水場への下り道付近に近い場所にテントを張る。ここに張るテントは少し軽めのモンベル・ドー
ムシェルターIIで860gの重量だ。
水は亀吉さんが既に水場で沢山確保して来ていたのでそれを貰う事にした。山小屋のテラスで食事用のお湯を沸かして余った行動
食の笹寿司などを出して胃袋に始末する。隣の登山者と話をすると、この人達は早朝ここから金峰山をピストンして想像以上のキ
ツさでバテたようで金峰山恐るべしと嘆いていた。彼らも翌日瑞牆山へ上って西側の瑞牆山荘へ下山すると言う。
同じ1泊2日で金峰山・瑞牆山へ登るのでも全く登山口が違う。色々悩むものだが、これも又登山計画時に面白い所だ。夕食の後
それぞれに分かれて就寝する。
飯森山の西側尾根に出て暫く下る 15時35分 富士見平小屋に着く
林の中で「富士山ビュースポット」って何処だろう? モンベル・ドームシェルターII
林の中にある富士見平のテン場
行動食の笹寿司は殆ど残っていた シュラフを忘れ、セオリー通り全部着込んでザックに足を突っ込む
でも何故か毛布が届いた
第二日目 令和元年(2019年)10月6日
富士見平小屋〜瑞牆山〜富士見平小屋〜金峰山〜大弛峠 12時間10分)
再び トラックログ図 富士見平小屋〜瑞牆山ピストンと大弛峠への復路
1)富士見平小屋〜瑞牆山〜富士見平小屋 ピストン 約 3時間40分
今日は長丁場になるので朝の暗い内から出発する事にして、余分な荷物をテントに置いて05時20分出発する。
富士見平から瑞牆山へのルートは昨日下って来た飯森山の北側をトラバースして八丁平分岐に出る。この分岐は富士川の支流が釡
無川〜塩川〜鎌瀬川となり源流部の天鳥川をクロスする場所になっている。そこから標高差約400mを瑞牆山に向かって真北に
登山道が付けられている。
富士見平を出て、トラバース道の踏み跡をヘッドライトの灯りを頼りに歩く。05時35頃薄暗い中、八丁平・小川山分岐を通過
して10分程で天鳥川(あまとりかわ)を渡ると、右岸の岩場が滑りやすいので鎖を頼りに上がる。
真っ暗な登山道を歩く 05時40分天鳥川のコル部に下り着く
少し歩くと大きな岩に登山者が木を添えてつっかえ棒の様にして遊んでいる。これが桃太郎岩と言うらしく、左手に回り込めばパ
ックリ裂け目を拝めたのであるがそのまま右手の木道階段を上がって進む。
05時45分 桃太郎岩の横を上がる 少し辺りが明るくなって来た
ドデカイ岩がそこらじゅうに転がる シャクナゲと岩の登山道 (テープが付けられている)
そこからは大岩とコメツガ、シャクナゲの急傾斜登山道をひたすら上って行く。大岩を這い上がる場所には鎖が設置されている。
とにかくデカい岩がある場所なので木々の根っこが足元を這っている。
さんが基部で写真撮影をしている。
大岩を這い上がる場所に鎖が置かれている 兎に角 土が少ないので樹木も根を伸ばして大変だ
知らぬ間に大ヤスリ岩に這い上がっている鈍亀さん ロマンス映画のシーン岩もある
角ばった大岩が重なる コメツガも岩に寄りかかる
最後は右手の大岩に沿って稜線へ出る 07時05分 稜線分岐に着く 不動滝・芝生公園へ下る分岐みたい
瑞牆山 (みずがきやま) 三等三角点「公望」 2,230.2m 日本百名山
尚も大岩の間に付けられているテープに従い這い上がって行くと07時05分峠部に着いた。ここが裏側の不動滝を経由して芝生
広場への分岐になっている。この分岐から右手に鎖場などを超えると07時10分瑞牆山の山頂(と言っても大岩の上だが)標識
に至る。残念ながらガスが濃い為に視界が悪く、周りの景色を眺める事が出来なかった。まあ、南アルプスや富士山は金峰山付近
で散々見ているので精神的なダメージは無い。
国土地理院の三角点基本情報では標高は亡失となっている。山頂標識には2,230.2mとなっている。。
瑞牆(みずがき)とは神社の垣根の事を言い、山名は明治38年当時の山梨県知事が命名したのだが、何とも難しい漢字の山名を
付けたものだ。それ以前は「子産岩(こうぶいわ)」とか瑞壘(ずいるい?)とかの記述が甲斐国志にあると言う。壘は「とりで」
とか「るい」と読んで、砦や要塞の意味があるらしいから、いずれにしても見ての通り、岩が産まれる様に岩が生えた様子や要塞
のイメージが昔から持たれた岩山だった。
分岐から右手の岩場へ進む 鎖場がある 07時11分 瑞牆山の標識に着く
山頂ポールには標高 2,230mとなっている 日本百名山 二座目ゲット〜〜
右を見ても 左を向いても霧の中〜〜
霧が飛んだ瞬間があった これが瑞牆山で撮ったベストショットだがね
先が長いので07時27分山頂を後にして富士見平へと引き返す。岩の急傾斜を下り、天鳥川のコルへ鎖場を使って下り、07時
43分小川山分岐を通過する。この小川山は昨日訪れた大日岩から県境沿いに八丁平の北側にある山だ。
早朝、まだ暗かった岩だらけの登山道を引き換えし09時00分富士見平のテント場に帰り着く。
岩場の登山道を下る 鎖場を下りる
木の階段を下りるとつっかえ棒を置いた大岩がある サイトで調べると、桃太郎岩と言ってパックリ割れている
鳥川に沿って岩場を下りコル部から飯森山に沿って上りになる 08時43分 小川山分岐を通過
朝、暗かった登山道は意外と石が転がっていた 09時00分 富士見平のテン場に帰る
2)富士見平〜金峰山〜大弛峠 約 8時間
テントを片づけて09時30分富士見平を出発し金峰山を経由して大弛峠へと引き返す。瑞牆山へは富士見平から本谷釡瀬林道の
瑞牆山荘登山口まで1時間ほどの距離なのだが、次の目的地、甲武信ヶ岳への登山を考えて長丁場のピストンとしたのだ。
テント内を片付けて富士見平を出発する 伊予の鈍亀さんは富士見平小屋を出る
前日は快調に下った登山道だが、帰りの上り返しはしんどい。途中で猪に似た倒木に乗ったりして気分転換しながら歩く。10時
30分大日小屋付近で少し休憩を取り簡単な朝食を済ませる。私も鈍亀さん達もほぼ縦走時の早朝は朝食を食べない。
通過して11時30分大日岩・八丁平分岐に到着する。直前からヘルメットを被り熊鈴を10個位腰にぶら下げ
た山男に追い抜かれたが、この熊鈴が実にウルサイ。耳障りな音が聞こえない様になって歩くのだが、途中で休んで煙草をふかし
ているので又会ってしまう。熊のほぼ居ない四国で静かな山歩きに慣れているので、せめて熊鈴は3個位にして欲しいものだ。
飯森山の西尾根に沿って上がる トラバース道になると苔が沢山斜面に生えている
四国のイノシシが奥秩父のイノシシに乗る
10時50分 簡単な朝食を10分程で済ませて大日小屋付近を出発する シャクナゲを過ぎるろ岩の鎖場が現れた
大日岩の直下に近づく 「縦八丁」と呼ばれる急登が続く
頭にヘルメット、右腰にクマ鈴を10個程付けて歩く山男 11時30分 八丁坂分岐から大日岩を眺める
苔と樹の根の張り模様を見ながら上り坂をダラダラ歩き12時50分やっと「砂払ノ頭」に到着する。ここからは展望が開けた尾
根になるので多少気が紛れた。今朝方は霧で覆われていた瑞牆山の岩峰も良く見えるし、眼前には金峰山への稜線も岩と黄葉が美
しい。
痩せ尾根に根っこを大きく張り出し頑張っている 12時15分 2,317ピーク付近で岩ヤとすれ違う カッコいい〜
2,317mピーク付近はなだらかなので一息つける 直ぐに根っこと岩の急上りとなる
覚悟はしていたが、結構キビシイ金峰山への尾根だ 樹林帯が切れてすぐ上に「砂払いノ頭」の岩峰が見える
「亀の頭」が一応 砂払いノ頭と呼ばれているピークだ この岩場から大日岳への尾根が良く分かる
が
しばらくすると「千代ノ吹上」からはお千代さんではなくガスが吹き上がって来たきたが、昨日景色は堪能しているので霧の風景
も又良しとする。ガスで金峰山が見え隠れするが、ここを乗り越えるとほぼ下りになるのでそれを頼みに力を振り絞る。
13時00分 「千代ノ吹上」を通過する
「千代ノ吹上」の断崖絶壁 登山道の岩場には鎖場がある
金峰山を見上げる うっすらとガスがかかった瑞牆山
何か金峰山斜面も昨日より少し色づいた気がする
北斜面にガスが飛ぶ 金峰山もガスにつつまれてきた
14時30分人影が少なくなった金峰山の三角点山頂でゆっくりと写真撮影を行う。今、この辺りに居る登山者はほぼ金峰山小屋
の泊り客と思われる。
に針葉樹林帯となる。
方丈石の左手から山頂へ進む 14時30分 三角点の前で記念撮影
金峰山の肩へと向かう 金峰山の東肩部は賽ノ河原と呼ばれている
森林限界からハイマツ〜低木針葉樹となる 直ぐに完全な樹林帯となる
シラビソの林は立木が整然と並んで美しい。所々に立ち枯れた場所もあるが、その林床には幼木が生えている。又、広葉樹の
スポッがあってその紅葉が安らぎとなる。立ち枯れた木々を過ぎてザレ気味の急登を這い上がると16時00分朝日岳に着いた。
展望所に出てもガスで何も見えない。
鉄山(くろがねやま)のトラバース道を歩く
栄然と並んだシラビソ林が美しい 朝日岳の手前にはダケカンバの生えた空間がある
朝日岳へガレ場を上る 16時00分 朝日岳まで帰り着く
岩展望所に向かって進む 岩展望所「大ナギ」に出るが・・・展望は無い
途中で子供の声が前から聞こえる。近づくと小学校低学年2人と中学生1人を連れた父子だった。聞くと小さな子供さんが金峰山
で疲れて1時間半程寝てしまい帰りが遅れたと言う。足場の悪い場所では一番小さな子供を抱えて歩いており、山歩き慣れした家
族の様だ。挨拶をして追い越し16時35分朝日峠を通過した辺りから急に暗くなって来た。
後ろから子供の声がしなくなったので、あの父子が大弛峠へ下る急傾斜で暗くなることが急に心配になり予備のライトを出して引
き返す。すると霧の中から比較的元気に歩いて来る。中学生の子は今年富士山に登ったと言う。「ライトは持たれてますか?」と
聞くと「スマホのLEDライトがあるから大丈夫です」と言う。スマホのライトは電池が持たないので無理だろう。予備ライトを
父親に持たせて、亀吉さんがフォローして、私がレッドレンザーの強力ライトで後ろから下り道を照らす。案の定、LEDライト
は役に立たず、真ん中の子供は転んで泣いた。余計なお世話かも知れないが何かあると寝心地が悪い。父子に付き添って17時
30分無事真っ暗の大弛峠に下り立った。
暗くなる前に峠へと先を急ぐ 樹林帯を出た広場でなければ写真を撮れない
16時30分 朝日峠を通過して、父子を迎えに引き返す 17時30分 真っ暗な大弛峠に辿りついた
富士見平から瑞牆山をピストンし大弛峠まで長い一日だった。
第二部:大弛峠〜甲武信ヶ岳 ピストン縦走記 は ここ