髙松コールドロン(クレーター)五座 一筆書き縦走
(三郎池P)~日山~馬山~実相寺山~日妻山~上佐山~(三郎池P)
2021年(令和3年)2月9日 (高松市円座町)
堂山から東を見ると仏生山付近にクレーター五座が並ぶ
カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図 クレーター五座周回図
プロローグ
髙松クレーター五座 (高松コールドロン五座)とは
髙松市円座町付近にクレーター五座と呼ばれる里山群がある。以前、金沢大学の河野教授を主とする地質調査チームが
観音寺から高知にかけて重力調査を行っていて、この辺りに周りの重力より低い場所がある事が分かった。
隕石衝突時に形成される石英などの物質が少量見つかったとの事もあり、太古の昔に巨大隕石の落下により陥没したか
も知れないと言うのでロマンを描きたてた。その時に付近にある里山群を高松隕石クレーターにちなんで「高松クレー
ター五座」と呼ばれるようになった。
その後地質学会ではここが隕石に拠る陥没説と古代火山カルデラ説とで騒がれたものだった。
1994年高松の異常渇水の年に、この高松クレーターの地下に17億トンもの水が計算上存在するのでこれを利用出
来ないかと言う事も取沙汰された記憶がある。
凝灰岩層の隙間に存在する為に利用出来ない事が分かった。
その後、香大の長谷川教授などの調査(ボーリング調査等)により、この高松クレーターは隕石に拠る陥没の可能性は
薄く、瀬戸内火山活動(1400~1100万年前)による火山カルデラ跡の説が有力になった。
で・・・現在ではほぼ「火山性陥没構造跡」、いわゆる「高松コールドロン」である結論に達している様だ。つまり
古~い時代の火山活動により形成された火山性窪地が、長~い年月の間に風化や埋没、堆積などによって地形上の特徴
が分からなくなってしまったと言う場所らしい。火山跡である証拠の一つにこの辺りの地下水を温泉に利用している施
設がある。
(香川大学工学部のHP資料による)
同じく香川大学工学部資料を加工させていただいた高松コールドロンの地下地質構造
クレーター五座は平成22年2月にしまなみ隊(はるちゃん達)が上佐山から時計周りに周回して我がHPにアップ
したのをきっかけに一度私も逆回りで周回したが記録に残さず、もうその記憶も余り残っていない。
その後、地元の土地所有者とのトラブルでどこかの山が登山禁止になったと噂に聞いていたので興味が薄れてしまっ
ていた。今年(令和3年)なって山仲間のKazashi さんが水曜会で歩いていたので、ふとこの山の周回を思い立ち参
考にさせて貰い歩いてみた。
2021年(令和3年)2月9日 (高松市円座町)
(三郎池P)~日山~馬山~実相寺山~日妻山~上佐山~(三郎池P) 約5時間
以前は住蓮寺池近くの駐車場へ停めた記憶があるが、今回は「龍のモニュメント」がある三郎池の駐車場に車を停め
る。
1座目 三郎池駐車場~小日山~日山~雨山(こぶ山)
カシミールソフトを利用したGPSトラックログ図 (小日山~日山~雨山)
三郎池の北側、三谷八幡宮近くの土手に並ぶ三郎池公園駐車場(トイレ有り)に10時25分車を停めて準備をする。(三谷)
三郎池は江戸時代の初期に作られた香川県で第3位176万トンの有効水量を持つ溜め池で現在周囲は公園となって管理され
ている。三郎池周辺では4世紀後半に大陸から伝わった須恵器(焼き物)の生産が盛んだったらしい。
10時30分駐車場を出発するといきなりデカい竜のモニュメントに出合う。正面には日山とその手前に平坦な小山(小日山)
がある。左手にはその後巡る4座が池の南側に並ぶ。
三郎池公園駐車場から見た上佐山 (反時計周りの5座目になる山)
三郎池の右手には日山の次に周回する馬山→日妻山→実相寺山が並ぶ
日山はキャップロックとして黒雲母デイサイトと言われる硬い岩石を乗せる山で、その下側は流紋岩質凝灰岩が占めている様
だ。
小日山登山口を入ると風化した凝灰岩の白っぽい土に笹が生えるクヌギ林となる。「小日山」のピークに東屋があってそこか
ら東側の白山とその向こうに笠ヶ峰から壇特山、女体山など東香川の山が見える。
三郎池公園の駐車場 奥に小日山と日山が見える 龍もここまでデカいと気味が悪い
10時32分 クヌギやアベマキの遊歩道に入る 小日山の山頂部は展望所になっている
東側は白山まで平地が続く 右奥に笠ヶ峰~壇特山~女体山が続く
日山(ひやま) 四等三角点「日山」191.64m
小日山展望所からさしたるコル部もなく日山の尾根筋となる。七合目付近から岩が現われて火山岩っぽい岩道の急傾斜となる。
こんな岩場は全く記憶に残っていなかった。10時50分大き目の東屋がある日山山頂に着いた。日山は堂山と並び沢山の散
歩者で賑わっている里山だけに登山者が多いので東屋付近は遠慮して眺める。
登山者に交じって丁度近くの保育園児が沢山来ていたので、時節柄山頂を素通りする。土嚢などで整備された登山道を木々の
間から堂山・六ッ目山を垣間見ながら下る。ここもメインの登山道とは別に細い近道コースがある様だ。
尾根なりに日山へと登山道が続く 直ぐに七合目となり岩が登山道に現れる
一応黒雲母デイサイトと呼ばれる岩石か 山頂部まで岩尾根が続く
10時50分 日山に到着する 祠と三角点が有る 休憩所は園児が沢山いたので遠慮する
整備された登山道が続く どこの里山にも抜け道っぽい小道がある それを下りる
灌木帯を火山岩が風化した白っぽい登山道が延びる 11時03分 道路に出た
11時03分一旦道路に下りて、向かいの「雨山(こぶ山)」に向かう。石段から入ってシダと灌木の登山道を進んでピーク
付近に近づくと笹が現れる。11時10分「雨山」の頂きをあっけなく通過して今度は松が生えた裸地を池に向かって下る。
すると前面に堂山、六ッ目山、伽藍山、狭箱山が並び、その向こうに蓮光寺山や国分台のお馴染み山が見える。
シダや灌木帯を進むと11時09分お地蔵さんが立つ「住蓮寺池」の畔(ほとり)に出て来た。
道路の反対側に雨山(こぶ山) 入口がある 最初は笹が生えていたが次第に灌木林になる
山頂付近になると又笹が生える 11時09分 雨山を通過する
雨山の西側は開けて見晴らしが良い 遠く青山連山が見える
綾歌連山(青山連山)方面をズームすると先日アップした大高見峰から高鉢山までの尾根筋が見える
いつも堂山からクレータ5座を眺めているので、今日は逆に日山(雨山)から堂山を眺める
少しシダが生えて藪っぽい登山道が少しの間続く 直ぐに灌木帯に変わる
11時15分住蓮寺池の畔に出る 地蔵尊の向こうに高松の裏山、稲荷山・紫雲山・浄願寺山と勝賀山が並ぶ
住蓮寺池の東岸に沿って道路を歩き、カーブミラーが立つ四差路を右手(南側)に曲がってそのまま進む。この道路は先ほど
日山を下って雨山登山口へ横断した物でそれが南に延びている。地図を見るとこの辺りの右側が「犬の馬場」と記されている。
犬の馬場(いんのばば)とは中世に武士がたしなんだ武術「犬追物」が行われた場所の事。要するに150匹以上の犬を集め
て土俵の様な中に置いて、それを周りの射手達が馬の上から犬を目掛けて矢を射る競技で、大勢の見物人が入場料を払って
押しかけたと言う結構残酷な武術だ。この犬にとっての受難は鎌倉時代から明治時代まで続いていたらしい。この地名と馬山
は何か繋がりが有るのだろうか?
ビニールハウス畑の向こうに3つ山が重なって見えるが、手前の平たい山が次に登る「馬山」だ。馬山の裾野にぶち当たるま
でまっすぐに道路を進めば良い。
T字路に出合うので、そこを左手に曲がる。2分程歩くと右手のミカン畑跡地の端に竹林がある。その手前にある側溝から山
手に細い道が続く。そこが「馬山登山口」だ。
住蓮寺池に沿って南側へ回り込む 左から日妻山、馬山、実相寺山の順に並ぶ
日山と雨山の間を抜ける道路に出て、それを右折する 真直ぐに馬山の山麓まで進む
ちょっと宅地の関係で曲がっているが概ね真直ぐの道だ 奥の民家付近まで進む
突き当りを左へ曲がる ここが馬山登山口だ 竹林に沿って山へ入る
馬山 146m
馬山はピーナツ型をした小山で東面だけが急斜面となっている。11時33分コンクリートの側溝を渡り竹林に沿って道を
進むと、奥が竹藪になっておりそれを潜る。するとクヌギ林の中を南の山頂部に向かって登山道が続く。
11時45分あっけなく馬山山頂標識に着いてしまった。西側に向かってクヌギなど広葉樹林帯の稜線部を進むと、少し左
手に向かったなだらかに下って行く。11時55分スレート波板屋根の小屋がある西側の登山口へ着いた。
竹林に沿って右手を山に向かう すると右も左も竹林となりここから山に入る
竹林は少し荒れてはいるが道はちゃんと有る 竹林を抜けるとクヌギ林となり落ち葉が増える
11時45分 あっけなく馬山の山頂に着く 山頂部は東端にあるので西に向かって尾根を進む
少し斜面を左に振りながら下って行く 11時55分 馬山の西登山口に着いた
馬山西登山口 標識は「不法投棄禁止」の看板だ スレート波板小屋の手前を左に下って行く
馬山下山口から実相寺山登山口へ
廃品回収業者の建物に沿って坂を下ると舗装道路に出るのでそこを左折する。すると正面に実相寺山の東側に位置する比較
的大きい山頂部が見える。この辺りの集落名が実相寺と地図に記載されている。
実相寺山の北面は住宅地となっており、山裾まで住宅地として開発されている。
道路を適当に右手の裾野に向かって進む事になる。
目標は「NTT無線鉄塔」で遠目に大、中、小と電波塔が立っているので、一番右手の低いNTTドコモの電波塔が登山口
となっている。
廃品置き場を下って道路に出る 最初の交差点を左に曲がる
正面に実相寺山の東端の山頂が見えるので右手、西端へ歩く 住宅地の道路を適当に右に曲がって山の西端へ向かう
中々実相寺山が近づかない 右へ右へと適当に歩く
電波塔が三本立つ実相寺山の西端 あの一番右下のNTT電波塔が登山口だ
実相寺山 250m
12時20分電波施設の左手から山に入る。笹、シダ、雑木の間に快適な登山道が上に向かって延びている。展望が開ける
と左手に先ほど歩いた馬山と日山・雨山、その向こうに屋島、目を左手後方に移すと紫雲山、石清尾(いわせお)山、成願
寺山の高松市内の山塊が見える。
12時33分祠があったので覗くと丸い石が置かれていた。稜線部に入ると広い道が東へと続く。12時40分反射板に出
会うと、直ぐに実相寺山の山頂標識に到着する。
縦走路としての下山道は右手(南側)へと進む。東側が急傾斜なので背の高いクヌギ林の向こうに日妻山と上佐山が見える。
(雄)上佐山の右側には雌上佐山がくっついているのが分かる。林床部には笹が生えているが、登山道は落ち葉で滑り易い。
やがて下山口の田んぼと民家が見えてきた。
12時54分四角に切られた石垣が積まれているのに出合う。その下側が三谷霊園と看板が掛かったコンクリートの霊園に
なっている。正面にこれから歩く「日妻山」が三角形の良い形に聳えている。
ここに有るお寺は実相寺ではなく曹洞宗・直指山「見性寺」と言う名で「不許酒肉五辛入山門」と書かれたデカい石柱が立っている。大酒のみや大食漢、ニラなどの香辛料の好きな人は入っちゃダメよと言う事か。
12時17分やっとNTT電波塔近くまでやって来た 電波塔の左側から登山道が山の中に続く
登山道はしっかりしている 高松の裏山が見える 浄願寺山、石清尾山(いわせおやま)
馬山 ~ 雨山 ~ 日山 と並び 奥に 屋島とご五剣山が見える
山頂手前に祠があった 祠の中は丸い石が置かれているだけ
稜線部は平坦に東側にある山頂部へと続く 反射板が現れると山頂は近い
12時40分 実相寺山の山頂標識(さぬき里山会)に出合う その下に「馬山団地 三谷の急坂」と別な標識がある
山頂標識から右手の登山道へ向かう 実相寺山の東側は急斜面となっている
手前に日妻山 その向こうに上佐山と雌上佐山 笹に覆われた斜面になる
向かいの日妻山とその手前に田んぼと民家が見える 急傾斜を下ると石垣が現れた
三谷霊園の看板があった お寺は「見性寺」と言う名前だった 大酒飲みと大食漢には耳が痛い言葉だ
さて、ここを下山して次の日妻山へいくルートが地元民と登山者のトラブルがあった場所の一つらしい。ここはそ~~っと
左手の道路へ進むべし。
実相寺山を下りて13時丁度、見性寺の前にある道路を左手に歩いていると、田んぼの畦道の向こう、山際に赤いテープが
見える。地図で確認するとそこか丁度日妻山稜線の西端近くになっている。
舗装道路を北に進む 奥に馬山が見える この田んぼのあぜ道を通らせて貰う 山際に登山口のテープが見える
日妻山 四等三角点「日津間」 235.77m
畦道を通らせて貰い山際に近づくと壊れたイノシシ避け近くに山へ入って行く道がある。13時02分この山道へ入る。する
と早速赤いテープが現れる。クヌギと讃岐石の岩場を抜けるとシダ藪の間を登山道が上に延びる。登山口から10分程で平た
い岩と松の斜面に出ると、先ほど下山してきたお寺付近の上に三角錐の実相寺山東斜面が見える。どこの山も縦に見ると立派
に尖った三角錐に見えるものだ。
岩の散らばる灌木帯を上っていくと13時25分、四等三角点「日津間」に出会う。近くに立つ大きなクヌギかアベマキの木
に「さぬき里山会」の「日妻山」山頂標識が掛けられていた。
山頂から道が二手に分かれているが、縦走路としては右側の、少し尾根を南に振って下る登山道に進む。この斜面は少し黒っ
ぽいウバメガシが乱立し、林床には笹が生える。登山道が少し左に振ると木々の間から次の目標、上佐山とその右手に小さ目
の雌上佐山がくっついて見える。
その後斜面は笹とクヌギ林になり、最後は細めの竹林に入る。13時45分竹林を抜けると舗装道路に出た。正面にひょうた
ん島の様に上佐山と雌上佐山が並ぶ。左の(雄)上佐山正面に穀物貯蔵設備の白いコンクリート施設とその左に鉄塔が見え、
右の雌上佐山近くにも鉄塔が見える。
13時02分壊れたイノシシ避けの柵辺りから登山道が始まる 笹が生えた踏み跡にテープが続く
讃岐火山岩特有の黒っぽい石が地表を覆う シダ藪となるが、道はしっかりしている
岩と松の展望所からは実相寺山が三角錐に見える 岩が散在する灌木帯の急斜面となる
13時25分 日妻山の山頂に到着する 三角点名は「日津間」
三角点から右手の道へと進む 背丈の高いクヌギなどの林が斜面に続く
上佐山と雌上佐山が木々に透けて見える 標高が下がると快適な道となる
最後は竹林の中を下る 13時45分 日妻山の東登山口に出る
日妻山から上佐山へ
三郎池の南側にある水路に架かる橋を渡る。Kazashi さん達は橋を渡りグレーンセンターへと進んでいたが、私は右手の雌上
佐山付近に見える鉄塔を目指す。
道標に出会う。
上佐山(左)の正面にある建物が穀物貯蔵施設(カントリー)、西登山道はカントリーの右奥辺りにある
日妻山東登山口を振り返る ちょっとわかりにくい 三郎池から北に続く水路の橋を渡る 上流部は新池
カントリーの右手を上佐山へと近づく どこかでルート選択を誤り竹林の道に入ってしまった
上佐山の西麓農道に出て右へ行く (西登山口へは左に行く) 道しるべの角に出て、それを左に進んだが、ここは真直ぐ行くのが正解
道しるべ 薬師湯0.5kmとある 実相寺山と日妻山
ここで正面の細道に入れば良かったのだが、広い左手(山側)の鉄塔へ続く道に入ってしまった。鉄塔を左上に見て竹林の中
に続く道は途中で無くなってしまった。仕方なく14時08分先程見た四電・東浜線29番鉄塔に這い上がる。
しかし、鉄塔から上に続く道は無い。仕方なくこの尾根にある竹林を進んで上に向かう。やがてクヌギ林となり、14時16分
西登山口からの登山道に合流した。
最初は舗装道路が山へ向かって延びていた 左手上に鉄塔が見える 一旦ここは通過する
榾木(ホダギ)が並んだ場所を過ぎると道は無くなった 仕方なく先程やり過ごした四電東浜線29番鉄塔へ這い上がる
鉄塔尾根には道が無く、竹藪の中を上がる 左手に里山には珍しい伐採地が並ぶ
クヌギ林の斜面を這い上がって行く あれ? 西登山道に出たぞ 14時16分ここで一筆書き縦走は失敗に終わった
この横掛け登山道は雄上佐山と雌上佐山のコル部に至る道である。結局はKazashiさん達が歩いた道に合流してしまい、この時
点で完全なクレーター五座一筆書き縦走は失敗となった。
下から西登山道がここまで延びている 上佐山と雌上佐山のコルに向かって登山道を進む
雌上佐山 198m
14時19分横掛け道が上佐山から延びた稜線部の道に合流する。ここから雌上佐山をピストンする事になった。コンクリー
トの水槽みたいな施設を過ぎると稗田集落への下山地分岐がある。「稗田」は東側の春日川本流近くにある集落名だ。少し上
り傾斜となり14時26分狭いピークに着くと「雌上佐山 198m」の小さな木札が木に掛けられていた。
山頂は見晴しが悪いが、少し下側を回り込むと出発点の日山、雨山が三郎池の向こうに見える。
14時19分 稜線の縦走路に合流する 徒歩約15分って? この分岐から何処まで??
里山らしく給水タンク設備がある 東側の稗田集落への下山道分岐
雌上佐山の直下、展望が良い場所から日山、雨山 その向こうに浄願寺山 次に向かう(雄)上佐山
14時26分 おまけの雌上佐山に着く 14時32分 西登山道分岐を通過 ここから上佐山が15分?
上佐山(うわさやま) 二等三角点「宇和佐山」 255.67m
14時32分先程上がって来た合流点に帰りいよいよ最後の上佐山へと向かう。ここからは香川の里山特有のクヌギやアベマ
キが生えた急斜面となり、ロープやザイルが置かれている。
14時40分運動場の様に広い上佐山の山頂に這い上がると、祠の向こうに屋島が横たわっている。青山連山の大高見峰と同
じく人為的に刈り払われた山頂は360度の大展望を売りにしているだけの事は有る。三角点近くに残された一本の木に山頂
標識が掛けられていた。
北側は屋島から高松の街、そして浄願寺山、東側には笠ヶ峰~壇特山~女体山が讃岐山脈の手前を立ち上がって見え、西側に
は大高見峰から高鉢山の山々が続いている。南側も山体が連なるが阿讃山脈の山はよく分からない。
尾根道を上佐山へ向かう 急斜面にはロープが置かれていた
太いザイルもある 恐らくどこかの山の会で不要になった物だろう 最後は細い鎖まで置かれている 何て山だ!
14時40分 上佐山の山頂に着く 殺風景・・・ 広場に祠と三角点だけ 向こうに屋島が見える
西側を眺める 青山連山から国分台まで
やはり縦走した高鉢山から大高見峰の尾根筋が気になるのでズーム!
東側を眺める 左の志度あたりは歩いていないので良く分からない 手前に嶽山と二子山がある
上佐山に立つ説明板にはこの山は2,500万年~2,600万年前の火山活動で出来た火山台地で、黒雲母石安山岩と呼ば
れる火山岩で出来た山らしい。山頂は南北朝時代に三谷氏の居城「王佐山城」の本丸があった場所の為に平坦なのだろう。
戦国時代の例に漏れずこの城も土佐の長宗我部軍に破れて以来廃城となっている。
瀬戸内火山活動は1300万年~1500万年前だと思うが、まあそんな大昔の事は見て来た訳でもないから多少のズレは気
にしない。
上佐山の山頂にある祠 山頂標識は残された木に掛けられている
上佐山の案内板 地質的解説と歴史的解説が記されている
10分程クヌギやアベマキの斜面を下りると展望所らしき休憩所があったので北側を覗くと、そこは広大なお墓が並んだ敷地
だった。由良山向こうには屋島や五剣山が見えるのだが、手前のお墓群が気になってその場を立ち去る。
14時57分上佐山の北登山口に下山するとそこは平和公園という大規模な霊園だった。登山道標識にも「墓地公園口」とあ
る。里山の登山口にはお墓があるのは定番だが、こんな大規模な霊園にある登山口は初めてだ。
そこから車道を早足で歩き15時15分三郎池の駐車場に帰った。四時間程で周回した事になる。
上佐山から土塁の下に下りて霊園登山口へ向かう 快適な登山道だ アベマキやクヌギが多い
おっ 展望所があったぞ むむっ そこは一面のお墓が展望所だった
14時57分 下山口に着く 「上佐山登山口 墓地公園口」の標識が立つ
平和公園(墓地公園)から舗装された広い車道を歩く 三郎池の東側を日山目指して歩く
立派な三谷八幡宮を通過する 15時15分 三郎池駐車場に帰り着く (手前はトイレ)
気になる上佐山の一筆書き周回の完成ルート
カシミールソフトを使用したGPSトラックログ図 上佐山一筆書き周回ルート
初回は上佐山と雌上佐山のコルへ至る西登山道を尾根に上がり、雌上佐山をピストンした。どうも一筆書きの縦走が達成され
なかった悔しさから後日、もう一度上佐山の一筆書き縦走にトライした。
スタート場所は前回と同じく「薬師湯0.5km」標識から。前回は左の広い道を進んで鉄塔~西登山道のトラバース道に出
てしまい失敗した。今回は真っ直ぐ細い道を池の方向に進む。土手の右下に民家を見て過ぎると左手に竹藪がある。イノシシ
の箱罠の横を抜けて細い竹が密生した竹藪に入る。その急斜面を登ると尾根筋に入る。
尾根筋に入ると藪は無く灌木帯を這い上がって行く。竹藪の取り付きから約25分で雌上佐山に到着した。
ここからは雄上佐山への尾根道を歩くと一筆書き縦走の完成となる。
日妻山と手前のカントリー(穀物貯蔵施設) Kazashi さん達が歩いた上佐山西登山口
ここを上がると雌上佐山がピストンになり一筆書き縦走は完成されない
振り出しの薬師湯0.5kmの道標 ここを真直ぐに細い道に入る
四電 東浜線29番鉄塔 (前回はここから尾根を這い上がった) 池の右手を回り込む
土手の様な道を進む 右下に民家がある 奥は実相寺山か
竹藪の近くにイノシシの箱罠があった 尾根這い上がり口までの小道を振り返る
小道が藪で切れる場所から左上に這い上がる 這い上がった一段目から下を見るとこんな風景
竹藪の急斜面を這い上がると尾根が落ち着く 左手に竹林、尾根部になると自然林となる
尾根のスペースは十分だ 藪も特に無いし歩き易い
一か所だけ岩の段がある これを過ぎると山頂は近い 雌上佐山の山頂に着く 道しるべ分岐から約30分だった
次回ここを縦走する時はこのルートで完全一筆書き縦走を完結しよう !
Kazashi さんのクレーター五座は ここ
グランマー啓子さんのクレーター五座は ここ